神殺しのクロノスタシス1
雨あられのように降り注いでいた氷のつぶてが消え、私はようやく息をつくことが出来た。

「はぁ…やれやれ…」

…疲れた。

「…何寛いでんだてめぇ!老人!一服してる場合じゃねぇぞハゲジジィ!」

羽久が、鳩尾にパンチを食らわせてきた。

「いった!何でそんなに口悪いの!?」

おまけに手が早い!あとハゲてないから!

「今必死に止めてんだよ!ジジィに茶を飲ませる時間稼いでんじゃねぇよ!」

「あ、そっか…」

雪刃の時間を必死に止めてくれてるんだった。ありがとう。

そりゃしんどいよ。私も急がないと。

「よしっ…。じゃあ、羽久が時間稼ぎしてくれてる間に…シルナ三分クッキングを始めよう!」

「…」

「…?」

何で無反応?

と思ったら。

「…よし。今から魔法解く。雪刃に氷の刃を叩き込んでもらおう」

「やめて怖い!止めといて!解除しないで!」

「ふざけてる場合じゃねぇんだよハゲ!」

「分かったふざけないから!あとハゲはやめて!」

ちゃんとふさふさだから。ハゲって言われると本当にハゲそうな気がするからやめて。

よし。もうふざけるのやめよう。

「まず誤算だったのは、予想以上に雪刃が吐月君と癒着していることだ」

「あぁ…!?じゃあ引き剥がせないのか?」

「いや、問題は引き剥がすところじゃない。引き剥がした後なんだ」

「後…?」

見たところ雪刃は、吐月君の身体のみならず、その魔力や魂にまで食いついている。

あのまま無理矢理、雪刃をひっぺがしたら…。

「吐月君もまた、雪刃に依存している。お互いが絡まり合うように、あの身体の中に同居しているんだ。だから、どちらか一方を無理矢理引き剥がすと…」

「…!…共倒れする、ってことか」

「そう。このまま引き剥がしてしまうと、吐月君も一緒に死んでしまいかねない」

それだと、雪刃を引き剥がす意味がない。

彼は、自分を殺してくれと言った。

彼にとっては、終わりない苦しみが終わるなら、死は救いなのだ。

でも、私は彼を死なせるつもりはない。

「どちらにしても、彼は極端に魔物に『好かれやすい』体質だ。雪刃が剥がれたとしても、他の多くの魔物が、彼との契約を望んで、彼を狙うだろう」

第二、第三の雪刃が、彼の前に現れるはずだ。

「じゃあ…どうするんだ?」

「だから私は、彼に…雪刃じゃない、別の魔物と契約してもらおうと思っていたんだ」

「別の魔物…?」

冥界には、雪刃の他にもたくさんの魔物がいる。

雪刃のように、自分の利益しか考えていない、良からぬ魔物もいるが。

契約者と対等な契約を行い、契約者を傷つける真似は決してしない、善良な魔物もいる。

むしろ、人間世界に来ている魔物には、そちらの方が多いくらいだ。

「吐月君に、雪刃じゃない他の…善良な魔物と契約してもらって、彼を『先約済み』にするんだ。そうすれば、他の魔物に狙われることはなくなる」

「…つまり、今の雪刃と、別の…話の分かる魔物とを入れ換える訳だな?」

「そういうこと」

雪刃の「代わり」を彼の中に入れる。

そうすれば、彼が他の魔物に狙われる必要はない。

しかし、それをするのは雪刃を引き剥がして、少し落ち着いた頃で良いと思っていた。

それなのに、予想外に吐月君と雪刃の癒着が強過ぎる。

これでは、雪刃を引き剥がした途端に、吐月君が死んでしまう。

だから、雪刃を引き剥がすと同時に…すぐに、別の魔物と入れ換える。

雪刃の代わりに、別の魔物を身体の中に入れることで、吐月君の身体が崩壊するのを防ぐのだ。

かなり荒療治だが、それしか方法がない。

「で…?吐月と契約する別の魔物ってのは?」

「それを、今から喚び出すんだ」

本当は、落ち着いてから、吐月君自身で召喚し、契約して欲しかった。

だが、今やそれは叶わない相談だ。

だから、別の方法を取る。
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