神殺しのクロノスタシス1
母が今、何処で、何をしているのかは知らない。

そもそも、生きているのかどうかも分からない。

本当は私を捨てたんじゃないのかもしれない。一時的に置いていって、落ち着いたらまた引き取るつもりだったのかもしれない。

母が何を考えていたのか、それは分からないけど。

でも私はあのとき、捨てられたのだという確信があった。

毎日毎日、「お前さえいなければ」と言われ続けていたからだろう。

涙は出なかった。悲しいとも、寂しいとも思わなかった。

母を探そうとも思わなかった。

あのときは、仕方ないこととして平然と受け止めたけど。

自分に娘が出来た今、私は初めて、母のしたことが異常なのだと気づいた。

私は何があろうとも、娘を森の中に捨てていくなんて考えられない。

私の姿が見えなくなれば、きっとアイナは私を求めて泣くだろう。その泣き顔を想像するだけで、気が狂いそうになる。

私のこの身がどうなろうとも、娘だけは守る。絶対に、どんなことをしても。

私は心からそう誓えるが…しかし、私の母は、そうではなかったのだ。

ある意味では、仕方ないと言える。

私がこんな風に言えるのは、きっとアトラスさんがいるからだ。

彼が私を愛し、娘を愛してくれるから、私はこんなことが言える。

でも母は一人ぼっちだった。自分一人だけでも、生きていけるかどうか分からなかった。

そんな追い詰められた状況で、娘の私は、邪魔でしかなかったのだろう。

私を捨てて身軽になって、母は元気で暮らしているのだろうか。

別に私は母を恨んではいない。捨てられたことを憎んでもいない。

出来るなら会いたいとも思う。

でも、娘と会わせたいとは思わない。

私を捨て、何処かで元気に、幸せに暮らしているのなら…それで良いと思う。

私も今、幸せに暮らしているから。
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