神殺しのクロノスタシス1
「…ねぇ、お嬢ちゃん。君、名前は?」

「え…?」

この人、今、名前。

私に、聞いた…?

「名前は何て言うのかな」

聞き間違いじゃない。やっぱり、私に聞いてる。

名前を聞かれるなんて、覚えている限り初めての経験だった。

誰も、「薄汚いアルデン人」の名前なんて、知ろうとする人はいなかったから。

「シュニィ…です」

孤児院出身の私に、名乗るべき名字はなかった。

それが、猛烈に恥ずかしかった。

しかし、学院長は気にしなかった。

「そっか。シュニィちゃん。ちょっと、もう一回やってくれないかな。今度は、本気で」

「…えっ」

「さっきみたいに手を抜かないで。本気でやってみて欲しい」

私は、愕然として学院長を見た。

今まで、私が手を抜いていることを見抜いた人なんて、誰一人いなかった。

教官達でさえ、全く気づいていなかったのに。

この人はたった一度、私の魔法を見ただけで、私が手を抜いていると見抜いた。

「…rhundet」

私は、初めて本気で魔法を使った。

その瞬間、私の杖から迸ったのは、訓練場を真っ二つに引き裂かんばかりの雷鳴であった。

その場にいた生徒達どころか、教官までもが思わず悲鳴をあげてしまうほどの。

私自身も、驚いていた。

自分にこんな魔法が使えるなんて、思ってもみなかった。

魔導師養成校に来たのは、魔導師になりたいからではなく、ただ孤児院から離れたかっただけだ。

だから、自分に才能があるなんて、考えもしなかったし…そもそも、どうでも良かった。

真っ黒に焼け焦げた訓練場の床を、私は呆然と見つめていた。

そんな私に、学院長が手を差し伸べた。

「シュニィちゃん。君には才能がある。是非…私のイーニシュフェルト魔導学院に来て欲しい。君は、誰より優れた魔導師になれる存在だ」

…私は、魔導師になりたい訳ではなかった。

自分が何かになれるなんて、考えたこともなかった。

だけど、私は彼に手を伸ばした。

おずおずと、躊躇いながら。

こんな汚い手を、掴む人がいるのだろうかと思いながら。

しかし。

学院長は、躊躇いなく私の手を掴んだ。
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