神殺しのクロノスタシス1
私の働く食堂での仕事は、ノルマを課せられることもなく、そういう意味では快適である。

だからと言って、楽な仕事という訳ではない。

まぁ、他の囚人にとっては、楽をしていると思われているのかもしれない。

何せ私は、収容所では誰もが羨む、食べ物を直接扱う仕事をしているのだから。

私の仕事は、収容所で働く人々の食事を作ることだった。

毎日毎日、薄いスープや硬いパンや、味のしないお粥を作るのが、私の仕事である。

予想に反して、この仕事は大変だ。

そもそも、収容所に楽な仕事などない。

囚人達は皆飢えているから、食べ物を前にすると、冷静ではいられなくなる。

食堂では、お椀を持ってきた囚人達に、私達食堂婦が一人ずつ、お玉でスープやお粥を注いであげるというシステムなのだが。

三日に一度は、食堂で揉め事が起きた。

収容所の揉め事の原因は、大抵が食べ物だった。

あいつの方が量が多いだの、自分だけ具が少ないだの。おおよそこのどちらかだ。

囚人達は、お玉半分の余計なスープの為に、本気で殴り合いをする。

後で監視員に知られたら、拷問を受けることになると分かっていても、だ。

それだけ、飢えというのは耐え難いものなのだ。

食堂で働くようになってから、私はそれを強く実感した。

そして、食べ物に飢えているのは、私達食堂婦も同じだ。

特に食堂婦は、毎日食べ物を直接触る仕事だけに…誘惑が大きかった。

食堂婦と言えども、食事の量は他の囚人と変わらない。

自分は大量の食べ物を作らされるのに、作るだけでろくに食べることを許されないと来たら、耐えられないものがあるのは当たり前だ。

もし食堂婦が、料理の途中で食べ物を摘まみ食いするようなことがあれば。

即刻、食堂での仕事を外され、農作業に回された。

そんな危険を犯しても、食堂婦の摘まみ食いは収まらなかった。

飢えているときに、目の前に食べ物があれば、口に入れるのは当然のことだ。

料理中に出た生ゴミのようなものでも、私達は躊躇わずに食べた。

寝床の隙間に出るネズミや、畑のミミズでさえも食糧にカウントされる収容所なのだ。

生ゴミだって、立派な食糧だった。

バレたら食堂婦の仕事を外されると分かっていても、食べずにはいられなかった。
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