神殺しのクロノスタシス1
「…」

私は、無言でシロツメクサを見下ろした。

この子は一体、どういうつもりで私に花なんて…。

二十音は、何かを期待したような目で私を見つめていた。

…何を期待しているのかは、すぐに分かった。

花なんて下らない。こんなものを集めている暇があったら、魔導書の一冊でも読んでいた方が、余程有意義だ…と。

そう言うべきだった。

私は、この子をそういう風に育てなければならないはずだった。

それなのに…。

「…くれるの?これ」

そう尋ねると、二十音はこくりと頷いた。

…そう…くれるのか。

覚えている限り初めてだな。花をもらうなんて。

何処にでも自生している、ただの草花だけど…。

「…ありがとうね」

今にして思えば、酷くぎこちない感謝の言葉だった。

でも、ほんの少しは微笑んでいたと思う。

それは作り笑いじゃなくて、心からの笑顔だったはずだ。

私が二十音の頭にぽんと手を乗せると、二十音はパッと嬉しそうな顔になった。

そう。そうか。

私を喜ばせようとしてくれたんだね。君は。

こんなことはしてはいけない。この子には、私を崇拝するように躾けなければならないのに…。

分かっていても、私にはこの子を叱ることが出来なかった。

それどころか。

「…しーちゃん」

二十音は、私に向かってそう呟いた。

…は?

「しーちゃん…?」

って、何?

「しーちゃん」

二十音は、オウムのようにその言葉を繰り返した。

しーちゃんっていうのは…。もしかして…。

「…私のこと?」

シルナ…のしーちゃん?

そういうことなのか?

「しーちゃん」

二十音は、ぽふ、と私にしがみついてきた。

…私のことらしい。

命の恩人である私を、しーちゃん呼ばわりとはどういうことだ、と。

ふざけた呼び方をするんじゃない、とか。

言わなければならないことは、たくさんあるのに。

私は、そのどれも言えなかった。

言おうとして、でも…出てきたのは、苦笑いだった。

「しーちゃんって…。初めてだなぁ、そんな呼び方…」

「しーちゃん」

「はいはい…。しーちゃんか…あはは…」

…変な呼び方。

二十音を除き、この世の誰が私をそんな風に呼ぶのか。
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