神殺しのクロノスタシス1
Aちゃんの両親は、変わり果てた娘の死体を見たのだろうか。

テレビでは、遺体から心臓が抉り出されていたことは報道していなかった。

でも彼女の両親は、それを知らされたのだろう。

どんな気持ちなんだろうな。

娘の死体と対面して、今、どんな夜を過ごしているのだろう。

娘を可哀想に思っているだろうか。

自分達が代わってあげられたら、と思っているだろうか。

一人で降園させず、迎えに行けば良かったと後悔しているだろうか。

犯人を憎んでいるだろうか。

あるいは、そのどれもか。

あるいは、何も感じていないのか…。

俺はAちゃんの両親を知らない。そもそもこの手で殺したAちゃんの顔さえ、覚えていないのだ。

覚えているのは、あの子の血と、心臓の味だけ。

Aちゃんの両親が今頃何をしているのか、何を思っているのか、俺に知る術はない。

そして、Bちゃんの両親も。

二人は、Aちゃんの報道を知ったのだろうか。

その報道を知って、何と思っただろうか。

自分の娘と、ほぼ同時期に行方不明になったAちゃん。

そのAちゃんが死体で見つかって、一方自分の娘のBちゃんは、まだ見つかっていない。

きっと、生きた心地がしないんだろうな。

Aちゃんは死んだけど、でもうちのBちゃんはまだ生きている。

そう信じて、きっと自分の娘だけは無事に帰ってくると、そう言い聞かせているのだろう。

もしかしたらAちゃんと同じように、もう殺されてしまったのかもしれない…そんな不安を抱えながら。

まさかBちゃんの遺体が、冷たい海の底で魚につつかれている、なんて。

信じたくもないだろうな。

Bちゃんの両親はこれから、Bちゃんの遺体が海の底から発見されるまで、毎晩こんな夜を過ごさなくてはならないのだ。

期待と不安が入り交じった、落ち着かない夜を。

きっと、ゆっくり眠ることも出来ないだろう。

いつ警察から「遺体が見つかりました」という連絡が来るかと、気が気でないはず。

それでもいつか遺体が見つかるなら、まだマシだ。

もしかしたら、Bちゃんの遺体は、一生見つからないかもしれない。

海の底に、骨を埋めることになるのかもしれない。

Bちゃんの両親は、あの世で初めてBちゃんの死を知るのだ。

それまではずっと、Bちゃんが生きているのか死んでいるのかも分からず、宙ぶらりんのまま…。

そう思うと、遺体が見つからなくても、せめて彼女はもう死んだんだということだけでも、教えてあげたくなる。

でも出来ない。大体、そんなことをしても無駄だ。

目の前に遺体を出されないと、信じられないだろう。

いつか、誰かに海の底から遺体を見つけてもらうまで。

Bちゃんは、両親には会えない。

両親は、Bちゃんが生きているか死んでいるかさえ分からないのだ。

俺が殺した少女の両親が、眠ることも出来ず半狂乱で娘を探し回っている間。

その犯人である俺は、安全な屋根裏にひっそりと隠れて、横になって目を閉じている。

世の中というのは、こんな不公平が当たり前のようにまかり通るものなのだ。
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