聖女様のお世話係として召喚されました。が、聖女様不在なのですが……?
「おはようございます」
「本日のお召し物はいかがなさいますか?」 
「サヤカ様?」

「おはようございます。あの…お任せします。」

今までにないくらいにぐっすりと眠れた気がする。
広い部屋にふかふかのベッド。
出勤時間を気にする必要もなくストレスフリーの夜だった。

目が覚めると絶妙のタイミングで侍女さん達が現れる。

まるでお姫様のようにいたれりつくせりで世話をしてくれる。

最初は抵抗があったものの、慣れとは恐ろしいもので、豪華な衣食住の生活に浸りつつあった。

当初は部屋を抜け出せないかと機会を窺っていたけれど、部屋の前には常に誰かがいて早々に諦めた。


ずっと緊張していたけれど、悪意を感じることもなく命の危険はなさそうだったので、とりあえずお世話になることにした。

無断欠勤で派遣の打ち切りをされるかもしれない。


その時は、自分もこの大掛かりな劇場型の宗教なのかグループなのか、ここの一員として雇ってもらえないか交渉しよう。

そんなふうに思ってしまうほどに居心地が良かった。



何もすることなくいつのまにか数日が過ぎていた。

さすがに何もすることがないのもつらい。

気晴らしに散歩ができないか相談してみよう。

いつの間にかここから逃げるという考え自体がなくなっていた。

純粋に少し外の空気を吸いたいと思った。

本人が気付かないうちに洗脳されているとは聞くけれど、自分に限ってそんなことはありえないと妙な自信があった。



『あの、エレナさん、近くを散歩してきてもいいですか?』

私はいつものように、食事を運んできてくれた侍女に声をかけてみた。

「エレナと呼び捨てでお呼び下さい。サヤカ様。
師長さまにお尋ね致しますね」

数名の侍女が私の身の回りの世話をしてくれている。

その中でエレナさんは一番若く、私と同じ20代。

栗色の髪にブルーの瞳を持つエレナさんは、女子力も高い。編み込みや凝った髪型にセットしてくれて、自然に見える落ち着いた風にメイクも施してくれる。

話しかけやすい雰囲気もあるので、主にエレナさんにばかり声をかけていた。

エレナは空になった食器類をワゴンに乗せると、挨拶をして退室して行った。


この国には魔法が存在しており、魔術師と呼ばれる者達がいる。
そのリーダー的存在が最初に対面した初老の男性━━師長様だそうだ。

手に持っていたはずのスマホはどこを探しても見つからなかった。召喚されたという事を信じるならば、その時にこちらの世界へはもって来られなかったのだろう。

ソファーにゆったりと腰掛けて物思いにふけっていると、扉がノックされた。

「サヤカ様、エレナです。
師長さまより許可をいただきました。」

「え? 外に出てもいいんですか?」

「はい。師長様がサヤカ様のお心が少しでも晴れればとおっしゃっていました。」

「ありがとうございます!エレナさん」

サヤカは満面の笑顔でエレナへお礼を伝える。

「もし、サヤカ様さえよろしければ、私もご一緒いたしましょうか?」

「……エレナさん、ごめんなさい。 ちょっと、一人で出かけてみたいので。でも、必ず帰ってきますから、心配しないでください」

「サヤカ様、決して知らない人についていかれませんように。」

「はい、子供ではないんですから大丈夫です。」

心配してくれるエレナさんの見送られて、私は城から出てとりあえずまっすぐに歩いて行く。

聖女様のお世話係として召喚されたというものの、魔法が使えたり何か特別な能力が発揮されたりはしなかった。

こんなにあっさりと外に出られたことに拍子抜けする。


あんなにどうやって逃げだそうか悩んでいたのに…

万が一いなくなっても構わないと思われているのかな。

しかも、お小遣いまで持たせてくれた。


好待遇で逆に申し訳なくなる。


城門を出ると、西洋風の建物が並んでいた。

この景色を見るとさすがに、セットではないのだと実感する。

本当に異世界にきてしまったんだ……

あぁ、私も魔法が使えたらな。


街並みを見て歩くのは思いの外楽しくて、夢中になって歩き続けた。

元々歩くのは苦ではなかったので、ひたすら歩き続けるといつの間にか街を抜けていた。 そうして気がついたら、鬱蒼と木々がしげる森の中を彷徨っていた。


道に迷ったら大変。

そろそろ引き返した方がいいかもしれない。


と思った時にまた、あの時のような感覚に襲われた。

「!!」

一瞬の出来事だった。

地面が突然消え失せたかと思うと、急降下していく。


叫び声を上げる余裕もなくどんどん転落していく。

助けて! 今度は本当に死ぬのかもしれない……

恐怖から目をつぶっていると、


身体中にありえないくらいの激痛が走った。

落ちたのだと認識したものの、

そのままぷつりと意識が途絶えた。
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