第二幕、御三家の嘲笑
四、狗は牙を研ぐ
 ――サイレンが、聞こえる。


「……あのね、いい加減にしなよ、君。名前、本当はなんて言うの」

「……幕張匠」

「だから、高祢中学にそんな生徒はいないんだよ。別の中学かな?」

「……高祢中学の幕張匠です」

「……君、別に万引きとかしたわけじゃないんだから、そう怖がらなくていいんだよ? 深夜に出歩くのは危ないって連絡を入れるだけだから、本当の名前教えてよ」


 その人の口は、困ったように繰り返す。


「幕張匠なんて、いないってことは分かってるんだから」



「あのさー、匠って名前の由来、何なの?」


 煙草代わりにココアシガレットを食べていた親友が、幾度となく繰り返した質問をまた繰り返す。


「……さあ」

「偽名使いたいなら苗字も変えればいいのにさ。だから幕張亜季には生き別れの兄がいるなんて噂が立つんだよ」

「…………」

「ま、いま一番みんなが信じてる噂は、幕張匠は本名を隠したくて、でも亜季の彼氏だから亜季の苗字を騙ってるんだってことだけどね」


 カリッ、と白い棒が、口先一センチで折れる。


「幕張匠が亜季の彼氏ってことは、みんな結構信じてるらしいよ。幕張匠の恰好で家に帰ってんだから、そりゃそーだねって感じだけど。で、幕張匠は彼女と同じ苗字を名乗って結婚の想像をしたがる少女趣味ってわけだ。複雑な噂考えるヤツがいたもんだね」

「……で?」

「怒るなよ。俺は何も言ってないって。匠と違って俺はちゃんと顔隠してるから、学校にいたって『幕張匠の相棒だろ!』なーんて言われないし」


 親友は、もう一本ココアシガレットを取り出す。また煙草のように咥えて、未成年喫煙者気取りを楽しんでいる。


「だから、純粋に疑問なんだって。男の恰好してんのは分かるよ、女だとナメられるっていうか、別の意味で襲われるっていうか、そんなのあるし。でもだったら名前もすっかり変えちまえばよかったのにさ。なんでそんな中途半端なことしてんの?」

「……幕張匠が存在するって、気付いてもらうため」

「……どういう意味?」


 馬鹿な俺にも分かるように教えてちょ、なんておどけてみせられても、それ以上の説明なんてない。


「……幕張匠は、本当はいたはずなんだって、あの人に分からせるためだよ」


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