第二幕、御三家の嘲笑
 今のところ、桐椰くんだけだ。桐椰くんだけが、私を計算高いだなんて言わない。なんなら、冗談で「計算高い」と口にした私を寝言は寝て言えと一蹴したことがあるくらいだ。


「アイツ自身の問題だから俺がどうこういうことではないし、君が悪いというつもりはない。君自身にも当然理由があるのは分かる。だが、それとこれとは話が少し違う。アイツに、君に近づいたつもりでいたのに実は到底手が届かないままだったのだと、そんな失恋の仕方をしてほしくはない」


 そんなことを、松隆くんも話していたっけ。一番最初にできた彼女が蝶乃さんで、桐椰くん本人は何も言わなくとも、傍から見たらとんでもない彼女で、だから次はまともな彼女が出来てほしいって。だから気にかけてしまうのだろうか。

 月影くんはそこで頬杖と溜息を吐いた。


「まぁ、アイツが甘すぎるというのもあるが、蝶乃が最初にして最悪の彼女だったからな。散々にアイツに我儘を言った挙句の果てに、電車で老人に席を譲ったアイツを詰って価値観が合わないと吐き捨て、最後は体よく鹿島に乗り換える。随分と面の皮の厚い女だ」

「え、ちょっと待って。それはどういう?」


 初めて聞く新事実に思わず手を出してストップをかけてしまう。月影くんは「聞いたことがなかったか?」と小首を傾げた。


「アイツと蝶乃がデートしたときの話だ。前提として、アイツは〝親切〟を無意識にできる人間だ。俺のように倫理と必要を考えるでもなく、総のように世間体としてあるべき若者を演じるでもなく、老人が前に立てば席を譲る。アイツのあの性格は両親と彼方兄さんの教育の賜物だ」


 御三家の対比の図が物凄くよく分かった。月影くんは理屈で考えて席を譲るし、松隆くんは世間的に譲らなければいけないなら譲らないほうが損をするとでも考えるだろう。桐椰くんはきっと愚直に、お年寄りは立っているのが辛いだろうから座ってもらおう程度にしか考えない。


「それが、蝶乃には理解できない。蝶乃から見た遼は、世論に唯々諾々と従う馬鹿で、自分が老いたときに席を譲ってもらう口実作りをしていて、そのくせそんな行為に及ぶ自分を好きなだけの偽善者だ。それこそ、その思考が遼には理解できない。という喧嘩をしたと聞いて、取り敢えず総が蝶乃のお気に入りのストラップをスマホごとプールに投げ捨て、遼に怒られ、遼と総が喧嘩になった」

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