第二幕、御三家の嘲笑
 桐椰くんは、優しい。桐椰くんには好きな人も嫌いな人もいるし、嫌いな人にまで優しくするのかは知らないけれど、無関係な人に無条件に優しくする。口では散々に言っても、なんだかんだ私にだって優しくしてくれる。それが月影くんの言うように両親と兄の教育の賜物だというのなら、その教育の中身 なんて分かり切ってる。それは私に疎外感を与えるのに十分だ。

 無性にむしゃくしゃして、何かを壊したくて堪らなくなるような、喚き散らしたいような、そんな感情が渦巻いている。そんな感情のある理由なんて分からないけれど、とにかく、イライラした。なんだよ、なんだよなんだよなんだよ。そう、誰に向かってでもなく駄々を()ねたい。だって、だって、だって――。

 結局、ひとりぼっちなのは私だけだ。


「暇そうね、桜坂さん」


 人知れず拗ねていた、その時間を邪魔した声に顔を向ける。白いミニスカのテニスウェアを着た蝶乃さんがサンバイザーを引っ掛けたラケット片手に立っていた。ツインテールを結ぶ位置も高いし、今日は一段と自信ありげだ。

 あぁ、タイミングの悪い(ひと)だな。


「……どうも」

「皮肉が通じないの?」

「皮肉が通じてるけどわざわざ返事をする義理はないだけだとは思わないんですか?」


 ちょっと腹の虫の居所が悪かったせいで、普段なら黙っていた嫌味が素で口を衝いて出た。お陰で蝶乃さんの笑顔は瞬時に凍り付く。仕切りの上に頬杖をついて、その顔をとっくり眺めた。

 今の私は、酷く、気が立っている。抑制というものを知らない。いつもの仮面を被ってあげる気なんて起きない。ついでに相手が蝶乃さんだから、まぁいいかな、なんて思ってしまった。蝶乃さんは、まだ私が何も知らなかった四月に、一般生徒であった私に侮蔑の言葉を向けたのだから、御相子だな、なんて。


「……うざいこと言うようになったのね。御三家のせい?」

「まさか。私、元からこんな感じだよ」


 ねぇ、蝶乃さん、顔がひきつってるよ。声が掠れてるよ。手が震えてるよ。


「ねぇ、蝶乃さんはさ、自分の見てる側面がその人間の全てだとでも思ってるの? だとしたら、随分と料簡(りょうけん)が狭いんだね」


< 110 / 438 >

この作品をシェア

pagetop