第二幕、御三家の嘲笑
 吐き捨てられたその理由に笑ってしまった。私は、今しがた蝶乃さんに人の一面ばかり見て理解(わか)った気になるのはやめなよ、と言ったというのに、蝶乃さんは桐椰くんのどれほどの面を見て、他人のどれほどの面を見れば〝理解できた〟なんて言うのだろう。


「元々、別れるきっかけなんて沢山あったの」

「電車で桐椰くんがお年寄りに席を譲ったとか?」

「あぁ、知ってるのね、それ」


 また、蝶乃さんは鼻で笑った。でも、今度は桐椰くんをだ。蝶乃さんに倣って、私も桐椰くんに視線を戻す。桐椰くんは元気にシュートを打っていた。


「馬鹿みたいじゃない? 世の中がお年寄りには席を譲りましょうって言うから席を譲るの。少しは自分の頭で考えることができないのかしら。なぜ譲る必要があるのか、考えて行動してるのかしら。脳味噌詰まってんの、って思っちゃうわ。そうでしょ?」

「そうだね。目の前にお年寄りが立ったらすかさず席を立って譲っちゃうなんて、なーに考えてんだろ、っていうか、なーんにも考えてないんだろうな、って思う」


 私の返答に蝶乃さんは片方の眉を吊り上げたけど、満足気に鼻を鳴らした。


「でしょ。彼は――」

「だから、桐椰くんは優しいんだなって思うよ」


 自分の思い通りにならない会話の運びに、蝶乃さんがまた硬直した。

 少しだけ嫌な予感がした。私と蝶乃さんは、まるで鏡合わせなんじゃないかという予感だ。私と蝶乃さんは同じかもしれない。それでいて真逆なのかもしれない。


「私は、他人に対する無償の優しさなんてものが理解できないんだよね。多分それは蝶乃さんもそうなんだよね」

「……だったら、」

「でもね、理解できないのと、そんな人間の存在を否定することは違うんだよ」


 私も、蝶乃さんも、見ず知らずの他人を、我が身も顧みず助けることなんてない。そして、そんな行動をとる人を理解できない。


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