第二幕、御三家の嘲笑
「蝶乃さんは知らないかもしれないけど、桐椰くんは、優しいんだよ。桐椰くんは、お年寄りだから足腰しんどいかなーとか、長い間立ってると疲れちゃうだろうなーとか、少しでも座って休みたいだろうなーとか、そんなことをごく自然に思って、そんな思考を一秒とかからずに整理しちゃって、ぱって席を譲っちゃうんだよ。世間の目がどうだとか、自分の信念はどうだとかさ、そんなこと桐椰くんにはどーでもいいんだよ、きっと」


 でも、私と蝶乃さんは違うと思う――違うと信じたい。蝶乃さんは優しい人間の存在を否定するけれど、私は優しい人間の存在は否定しない。私がそれになれないだけだ。


「差し出がましいことを言うけれど、蝶乃さんが桐椰くんと別れたのは正解だと思うよ。だって蝶乃さんは桐椰くんの優しさを踏みにじるんだもん。松隆くんの逆鱗に触れても仕方ないよね。蝶乃さんは桐椰くんのことを何一つ分かってなかったんだから」


 かくいう私だって、桐椰くんのことなんて大して分かってないけどね、と付言して口を閉じた。そこでちょっと冷静になって、なんで月影くんの受け売りをしてまで雄弁に桐椰くんを擁護してしまったんだろうと首を捻る。きっと苛立っていたゆえの八つ当たりだと思うのだけれど、それは最初の攻撃で落ち着いてしまった。


「……へぇ。さすが、幸せに育った人は言うことが違うわね」


 冷ややかに、(おとし)めるように、蝶乃さんは吐き捨てた。その声の向く方向が変わっていたことに気付いて桐椰くんから視線を外せば、蝶乃さんの目はいつもとは少し違った蔑みをくれていた。ただ自分より下だ、というよりも、価値観の狭小さを嗤うよう。


「教えてあげる。そんなふうにいえるのは、貴女が幸せに育ったからよ」

「……幸せに?」

「そう。無条件に優しくしてくれる人が傍にいるからそんなことが言えるの」


 無条件に優しくしてくれる人――。訝しむというよりは、ただちょっと考え込むために、首を傾けて視線を左下に落とした。誰のことだろう。


「温室育ちだからそんなことが言えるのよ。あなたも、親が子供を選んで、子供が親を選んで、そうやって生まれたんだってお話を素敵だと思う(たぐい)でしょ。……反吐が出る」


 その台詞の通り苦々し気な表情で、感情の昂りに任せて片手に持つラケットで床を叩いてみせる。


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