第二幕、御三家の嘲笑
「あなたは何も知らないからそんなことを言える。それこそ、そのままそっくりお返しするわ、料簡(りょうけん)が狭いのね、って。無条件に優しくされたことのない人間がそんな人間の存在を信じられると思う?」

「別に、私は蝶乃さんのことは否定してないよ」

「はぁ? じゃあさっきから何の話してるの?」

「私はただ、そういう人の存在を否定するのは勝手だけど、その価値観を押し付けるのは、そういう人の存在を否定する蝶乃さんを否定する人とやってることは変わらないよって言ってるんだよ」


 蝶乃さんは眉を顰める。だから何言ってんの、と言いたげだ。でもこれ以上敷衍(ふえん)して言うにはどうしたらいいんだろう。ちょっと小首を傾げた。


「だからさ、仕方ないんだよ、私達に桐椰くんが理解できないのも、蝶乃さんが桐椰くんの存在を否定したいのも。でも蝶乃さんは自分のために桐椰くんを否定したいだけでしょ。そんなの理不尽じゃん」

「……さっきから何が言いたいの?」

「簡単に言うと、桐椰くんを非難するのは筋違いなんじゃないかなってことだよ」


 あぁ、何言ってるんだろうな、私、なんて心の中で再三再四どころじゃなく首を捻る。


「蝶乃さんは桐椰くんを理解できないから否定するけど、桐椰くんは蝶乃さんを理解できなくても否定しなかったんでしょ。桐椰くんの中では、そういう人もいるんだなぁで終わってるんだよ。人の善さみたいなものを信じる人も信じない人も間違ってないけど、信じる人を否定するのは間違ってるんじゃない」


 散々桐椰くんを擁護したって、結局私は蝶乃さん側だと思うんだけどな。でもそれを認めたくないんだと思う。言い訳なのか贖罪なのか、よく分からない言説を繰り広げてしまった。


「……偉そうに」

「そう聞こえた? ごめんね。あんまり人にお説教とかしないから上手いやり方が分からなくて」

「馬鹿にしてるの?」

「うん」


 即座に頷けば、蝶乃さんは面食らった。真っ直ぐにその目を見てもう一度口を開く。


「桐椰くんを馬鹿にする蝶乃さんを、私は馬鹿にしてるよ」

 ガランッ――と、テニスラケットが床に叩きつけられた。歓声に紛れたその音に気付いた人はいなかったけれど、さすがに目の前の私に聞こえないわけがない。はっきりと見えて、聞こえた、蝶乃さんの憤り。


「……うっざ」


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