第二幕、御三家の嘲笑
 言いながら、松隆くんはちょっとだけ汗を拭った。体力の話かな。クラスマッチは三セットマッチもしてると時間がないので一セットマッチだ。タイブレークがあるとはいえ、本来よりもずっと短い試合時間になるには変わりない。因みに女子は五ゲームにまで短縮されているけれど、男子は通常通り七ゲームだ。


「松隆くん、試合に戻ってください」

「はいはい」


 私と話しているのを注意されて、松隆くんは鹿島くんの方へ向き直る。あぁ、松隆くんはやっぱり嘘吐きだ。趣味程度だ、そんなに上手くない、兄に付き合ってやるだけ、そんなの嘘だ。始まったラリーもやっぱり続くわけだし、次のカウントが「ワン・ツー」と叫ばれたところでそれは変わらない。鹿島くんを左右に振ろうとするし、ドロップボレーで前後にも走らせるし、テニスってこんなに腹黒さが分かるスポーツだっけ、と首を捻りたくなってしまった。軽快な音なのに重いストロークとか、すかさず隙をついてスマッシュをかますところまで、相変わらずリーダーは万能だ。

 ただ、暫くの後、松隆くんは立て続けにレシーブをネットに引っ掛けた。カウントは「フォー・シックス」。あらら、松隆くん負けそうじゃん。炎天下の試合は辛かったのか、カウントを言われる前は空を見上げて息を吐いてるし、ライン際に戻ったときの横顔にいつもの余裕なんてないし、今はボール片手にじっと目を瞑っている。試合経過を殆ど知らないから分からないけれど、やっぱり鹿島くんのほうが実力は上で、松隆くんは――あんまり似合わない表現だけれど――それに食らいつく感じでしんどいのかな。


「まーつたーかくん」


 どうせ暇だし、他の女の子だって声援は送ってるわけだし、ベンチから名前を呼んだ。松隆くんはぱちっと目を開く。


「御三家のリーダーなんだから、生徒会長に負けないでよ」


 本当はそんな理由なんてなくてもよかったけれど、応援するいい口実がそれ以外に思いつかなかった。ただ頑張れと言うのも有象無象の女の子と代わり映えしないし、言ってしまってから考えれば、〝御三家のリーダーなんだから〟なんていえるのは御三家の仲間である私の特権だ。だからといって桐椰くんと月影くんの応援と同じ質のものが自分にあるとは思わなかったけれど――予想に反して、松隆くんはいつもの笑みを取り戻した。


「どうも」


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