第二幕、御三家の嘲笑
「雅、今日はマスクしてないんだね」
「喧嘩するとき以外はマスクしないから」
「この間会いに来たときはマスクしてたのに」
「あの時は本当に風邪引いてた……」
情けなさそうに雅は目を逸らす。夏風邪は馬鹿が引く……と言おうと思ったけど黙ってあげることにした。
「咳とかしてなかったのに」
「あの日のうちに本格的になったんだよ。喉に違和感あったからやばいなーって思ってた」
「お腹でも出して寝たの? っていうか今日は大丈夫だったの?」
「だいじょーぶだいじょーぶ、昨日治ったから」
「えぇ……」
昨日の今日じゃまだ治りかけなのでは……。気持ち距離を取ると「酷い!」とわざとらしく眉を八の字にした雅に逆に非難された。でも当然のことながら伝染されたくないし、あはは、と笑って流す。雅は暫く閉口した。
「……亜季」
「なに?」
「抱きしめていい?」
「駄目」
「あきぃー……」
無視して水槽の中のサメを見る。ツマグロという名前のサメらしい。先端が黒いことから端黒と名付けられただけでマグロではないようだ。ほほう、と思わず感心してしまった。
「亜季のケチ」
「ケチじゃないでしょ。どんなに寛容でもそんな許可出す女の子いないよ」
「相変わらず手厳しい反撃だなぁ」
へぇ、マグロじゃないのか、と雅も同じ説明書きを読んで同じ反応をした。そうらしいぞ、と隣でふむふむ頷く。
「そういえば亜季、話したっけ? 俺引っ越したんだ」
「そうなの? どこに?」
「坂守高の近く。だから坂守に進学したんだけど」
「あれ、じゃあ引っ越したのって結構前?」
「あぁ、中学三年」
「全然知らなかった」
「だろ」
雅はちょっとだけ寂しそうに苦笑した。
「亜季が助けてくれた空家ともおさらばしちゃったってわけ」
「そんなこともあったね。じゃあ私が助けてもらったマンション裏ともおさらばしちゃったのか」
「あぁ、そうだな。そのせいで、ってのかな……高校入ってからもなんやかんや遊んでるけど、やっぱ幕張匠の隣にいた時ほど楽しくないなーって思うよ」
「……何が言いたいの、雅」