第二幕、御三家の嘲笑
 逃げる方法はあるだろうか。今のところ、シャッターの奥から人が出て来る気配はない。太ってるその男子の足元を一瞥すれば、走りにくそうなサンダルだ。私が今日履いているサンダルはすぐに脱げるから、脱ぎ捨てて走れば逃げられる。雅は私を掴む手を緩めないけれど、いざとなれば放してくれる――はずだ。


「何で? 利害関係だよね?」

「御三家を売っても私に得なんてない」


 そこで、はたと気付いて考え込む。そもそも雅と御三家とは私を介する以外の直接の接点のなさそうなのに加担する理由が見つからない。彼方を毛嫌いしてるといってもなんとなく気に食わないだけであって明確な敵意を向けているわけではない。その程度の感情が桐椰くんに結び付くわけもない。それなのにどうして。


「あのさぁ、早くしてくんね。ちょっと様子見るだけだったから閉めたいんだよ」

「……雅の友達?」


 じろりと睨んだ相手は「そうそう、トモダチー」なんて意味を分かってなさそうな声音で返事をした。雅の友達じゃない、それこそ利害関係で雅を売ってもおかしくない……ということは、ここで逃げるなら雅も連れて行かないと雅が危ない……?

「ねぇ雅、」

「きーくちぃ」


 妙な口車に乗せられたんじゃないかと危機感を抱いたのと、雅の名前をまた別の誰かが呼んだのが同時。シャッターの奥から誰かが出て来た。スニーカー、細身、長身、やはり高校生か高校を卒業したくらい。眉と唇に痛々しいほど沢山ピアスが空いていた。金髪と焦げ茶色の混ざったやや長めの髪は傷みきったように途中でぶつ切りになっていた。


「なに、もたもたしてンだよ」

「あぁ、えっと――」


 バンッ、と、雅の顔が急に真横に弾かれた。拍子に私の腕から雅の手が離れた。そのまま私の方へ蹈鞴を踏んだ。何が起こったのか一瞬頭がついていかなくて、何が起こったか気付いた瞬間、今度は私が雅の手を掴んだ。


「雅! 大丈夫、」

「あーれ。御三家のって聞いてたけど、まだ菊池と切れてねーの? 」


 急にその頬を手の甲が振りぬいたというのに、雅が驚く気配はない。ただ「大丈夫だよ」と小さく私に目配せするだけだ。雅を叩いた男子は、三白眼で私を見下ろした。


「取り敢えず中入れ? 目立つし」


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