第二幕、御三家の嘲笑
「服脱いだから菊池殴るのはやめてやった。んじゃ外に出すのは別の条件が必要だ。頭良いなら分かるよなぁ?」


 どくん、どくん、と、大きくなり過ぎた心臓の鼓動が全身に伝わってるみたいだった。はっ、はっ、と、緊張した自分の乱れた呼吸が聞こえる。打開策が何も思いつかないで、頭が真っ白になった。どうして。どうして、こうなった。

 私が、幕張匠だと言わなかったから。


「ほら、早く決めろよ」


 リーダーの男が促したとき、ガラガラ、と再びシャッターが開いた。下っ端が戻って来たらしい。


「すいませーん、ブレーカー分からなかったんですけど……」

「あぁ? おい榎田(えのきだ)、一緒に行ってやれ」


 リーダーの男が舌打ちと共に一人を顎でしゃくった。へいへい、とその一人が光っているスマホ片手に立ち上がる。


「ったく、これだから馬鹿は――」


 その時、不意に、光が飛んできた。

 ゴツッ、なんて固い金属が人体にぶつかる鈍い音と「いってぇ!」なんて叫び声が響いた。同時に、スマホを持っていた人の顔面が勢いよく後方に逸れた。スマホはその手を離れ、ガシャンッとコンクリートに叩きつけられる。ひゅんひゅんと、男にぶつかった光は宙を舞っていた。なんだなんだと誰もが狼狽えたその一瞬の隙に、次は私の腕が掴まれた。悲鳴を上げる間もなくそのまま体を引き摺られ、物陰に連れていかれ、その仏頂面に向かって叫びそうになった瞬間、やや乱暴に抱き寄せられて手で口を塞がれた。


「つ――」

「静かにしてろ」


 囁かれ、くぐもった声すら発さずに黙り込む。


「遼、相手は何人だった?」


 次いで聞こえた地を這うような断罪の声は、松隆くんのもので。


「七人だ。コイツを除いてな」


 心底忌々し気な憎悪の声は、桐椰くんのものだ。ドシャッ、と誰かが呻き声と共に倒れた音がした。どくんどくんと心臓の鼓動がまた早くなる。私の口を塞ぐ相手が様子を窺うように背後を覗き込む。どうやら隅に寄せられた機械類の裏に隠れたようだ。私もおそるおそる覗き込めば、僅かに差し込む光に照らされ、いつもの様子で二人が立っているのが見えた。見つかるおそれがあるせいでそれ以上見ていることは許されず、ゆっくりと二人で陰に完全に隠れる体勢に戻る。


「おいおい、早いお出ましだなァ」


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