第二幕、御三家の嘲笑
 恐々と上げようとした頭は月影くんの手に押さえられた。もう何もしなくていい、そう言われている気がした。


「確かに俺はアイツらのように君にダメージを与えることはできないが、友人を手放すほど弱いつもりはない」

「友人だァ? 何の友人だよ」

「下劣な話しかできないなら口を開かないでくれないか」

「月影くん!」


 敵意が自分に向けられるように挑発しているように思えて、慌てて名前を呼ぶ。なんとか顔を上げれば、肩に降りた手に更に強く抱き締められた。


「うるせーよ、ガリ勉野郎」


 やや強張った表情の月影くんが舌打ちして、リーダーの男と私との間を隔てるように私を抱え込む。弱者を甚振らんばかりの笑みを浮かべた男は拳を引いて構えた。


「テメェがうるせぇよ、クソ野郎」


 パンッ、とその拳が掌に収まった。私が息を呑むどころか、リーダーの男が振り返る間もなく、ゴッ――と骨のぶつかる音が鳴り響いた。


「っ、テメェ――」


 顔面を押さえた彼は、呻き声代わりに恨み言を口にしようとしていたのだろう。でも衝撃のせいで反射的に目を瞑ってる時間は、相手が予備動作を終えるのに十分だった。

 ドゴッと、人体同士の衝撃とは思えない痛々しい鈍い音と共に前蹴上げが決まった。顎に一発、脳を揺らす容赦のない蹴り。リーダーの男の身体が力を失い、今度こそ呻き声と共にゆっくりと傾ぐ。突然の出来事に呆然としながらも避ければ、その体はバタンッと仰向けに倒れた。しん、とその場が静まり返る。暫く待っても起き上がらない男。月影くんの手の力が緩んだのもあって、恐る恐る顔を覗き込んで様子を窺った。


「……気絶した?」

「脳震盪を起こしてくれればいいが、どうだかな」

「……そ、だね……」


 武道有段者、ガチ強い――雅の評価を思い出す。今しがたそれを目の当たりにしてしまった。

 もう、大丈夫だ。そう思うと緊張の糸が解れて安堵する。


「あ、りがと、桐椰く――」


 ぐん、と肩が乱暴に引き寄せられた。どくんと一度だけ心臓が跳ねる。桐椰くんの身体に激突する勢いだった。実際、腕が不自由なせいで額を胸にぶつけた。「あ痛っ」と小さく間抜けな声が漏れてしまったけれど、そんなの構わないかのように、腰と肩とに回った腕に強く抱きしめられた。

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