第二幕、御三家の嘲笑
「そこででも着ろ」


 月影くんが指差してくれたのは最初に匿ってもらっていたのとは別の物陰だった。きょろきょろと辺りを見回して、さすがにもう誰もいないのを確認して、月影くんのシャツの上からワンピースを被る。その後にシャツを脱いで、ワンピースの袖に腕を通し、背中に手を回した。チャックを引き上げようとする手は、もう震えていなかった。

 物陰から出ると、月影くんが見当たらなかった。きょろきょろと辺りを見回すけれど、いるのは倒れている人と、気絶しているのか確認するように足で軽く踏みつける松隆くんと、誰かの胸座を掴んで無理矢理立たせようとしている桐椰くんだけだった。どうしてその一人だけ、と首を傾げようとして、それが雅だと気が付いた。


「おい菊池、起きろ」

「待って!」

「桜坂、ちょっと黙っててくれる?」


 私が弁明する前に松隆くんに遮られた。顔を向ければ、松隆くんも雅のもとへ向かっていた。そして、不意にその顔を歪めたかと思えば、ポケットから取り出したハンカチに口内の血を吐き出す。さっきは見えなかったけれど、頬も赤くなっていた。殴られて、切ったのだろうか。慌てて桐椰くんも確認すれば、腕には数センチの切り傷があった。その頬骨の上にだって引っ掻き傷があった。さっきだってその口に血がにじんでいるのを確認したばかりだったのに、私が御三家に負わせた危険を形として突き付けられていたことに漸く気が付いた。

 だから、というべきだろうか。松隆くんの声に口を噤んでしまった。雅に視線を向けるけれど、目覚める気配はない。松隆くんが舌打ちしたところで、「総」と声が少し遠くから聞こえた。外から戻って来た月影くんが何かを放り投げた。五百ミリリットルのペットボトルだった。水滴が飛んだ、冷水だ。それで一体何を、と固唾を飲んで見守っていれば、受け取った松隆くんはキャップを外して、中身を雅の頭に()っ掛けた。


「松隆くん!」

「うるさいよ、桜坂」


 私の悲鳴を心底鬱陶しく思う声だった。それでも構わず駆け寄れば、松隆くんの睥睨で体が凍り付く。松隆くんの冷たい表情が、私に向けられるなんて思ってもみなかった。

 雅が、ぶるっと震えて、ゆっくりと目を開けた。腫れてきた目蓋のせいであまり視界は良くなさそうだった。その隙間からゆっくりと桐椰くんを見つめている。


「……桐椰」

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