第二幕、御三家の嘲笑
 一語一語区切って、言い聞かせるように、松隆くんの冷たい声が私を刺す。心臓に杭を打たれたようだった。動けなくなった私を無視して、松隆くんは手帳とペンを片手に、少し考え込みながら何かを書き込んでいく。


「桜坂に対して集団強姦未遂、菊池に対して傷害……まぁ下手し殺人未遂ってところか。相手は八人、こっちは俺と遼の二人。ナイフもあったわけだし、武器対等原則はクリア、正当防衛でいける。ま、遼がやり過ぎたヤツもいるかもしれないけど……」

「知らねーよ。いつもの手八丁口八丁でどうにかしろよ」

「失礼なこと言うなよ。……実費貰うだけだよ」


 何の話をしているか分からずに呆然と松隆くんを見ていると肩を竦めて返された。あまり説明になっていない。桐椰くんも雅から視線を外し、松隆くんと何かしらの話をし始めた。誰に頼めばいいのか分からなくなってしまって、隣にいる月影くんを見上げる。


「……ねぇ、雅も一緒に、」

「君を差し出した男と一緒にホテルに行く? お人好しも度が過ぎれば愚鈍だと君に言ったことはなかったか?」


 でも、その目を見れば反駁(はんばく)は許してもらえないのが分かる。総が言わなかったことを俺に言わせるな、そうも言われている気がして黙った。それでも「後から連れていく」と桐椰くんが答えてくれた。月影くんは溜息を吐いたけれど、それだけで肩の力が抜けるほど安堵する。


「ありがと、」

「いいからとっとと行ってこい」


 しっし、と桐椰くんが犬を追い払うように手を振った。早くしろ、と月影くんに促されて歩き出して――ちらと雅を振り返ったけれど、やっぱり、もう視線は向けてもらえなかった。


「……桐椰くん、」

「なんだよ」

「……雅、連れて来てくれるんだよね?」

「連れて行ってやるから早く行け」

「本当だよね?」

「俺はお前に嘘吐いたことねーだろ。早くしろ」


 俺は、か……。心の中ですら謝ることはできなかった。

 工場を出るときに振り返っても、やっぱり雅とは目も合わなかった。



 ホテルへ向かうまでの道のり、暫く月影くんも私も無言だった。


「……ねぇ月影くん、聞いていい?」


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