第二幕、御三家の嘲笑
 僅か数百メートル、されど数百メートル。低くなって、建物に遮られるばかりになってしまった夕日が忘れ物のように照らしてくれる足元を見ながら、少し前を歩く月影くんに訊ねた。心なしか、その足は少しだけゆっくりだった。


「調べた、って言ってたね」

「……どれの話だ」

「……雅の友達が人質になってたって」


 杯戸なんて、聞いたことない名前。私の知らない雅の友達。私の知らない雅。それなのに月影くんは〝調べた〟なんて一言で片付けられるほど容易にその事実を知っていて、口にした。私にはできないことを、月影くんにはできた。それが、今回の事件の原因の一つでもあるのだろうか。


「調べたって、どうやって調べたの? 身辺調査でもしたの? 坂守高校で――」 

「馬鹿言え、あんなこと露も知らない」

「……え?」


 予想だにしていなかった返答に思わず立ち止まってしまった。あれほどまでに理路整然といつもの調子で説明したというのに。それは一体、どういうこと。


「じゃあ何であんなこと……」

「あの場で誤魔化すには一番のシナリオだと思ったからだ。正確には杯戸が菊池の友人だということは事実だがな」

「誤魔化す……?」


 一体何を誤魔化すというのか。月影くんが誤魔化すことなどあの場には何もなかったはずだ。私達を陥れようとしたあの男達を手引きしていたなら消したい証拠はあったかもしれないけれど、月影くんがそうであるはずがない。……だとしたら、月影くんが誤魔化してくれた事実はただ一つ。声の距離で私が立ち止まったことに気が付き、月影くんも立ち止まる。ほんの少し開いた距離。月影くんの立つ場所は丁度建物と建物の間で、その背に向けて夕日が一日の最後の光を放っている。月影くんの表情は分からない――静かに口を開いたこと以外には。


「……君こそが幕張匠だという、その事実をだ」



< 178 / 438 >

この作品をシェア

pagetop