第二幕、御三家の嘲笑
 月影くんの連れて行ってくれたホテルはビジネスホテルだった。てっきりラブホとかそういう類だと思ってたよ、と言えば「現状の君を相手が俺とはいえそんなところに放り込むなどという所業を総がするとでも?」と冷ややかな目で言われた。その通りだ。手続を済ませた月影くんは私に部屋のカードキーだけをくれて、「終わったら呼べ」とだけ言い残していなくなってしまった。私の手にあるのはカードキーとスマホだけというなんとも心許ない状態で、部屋に押し込まれたところで何をしろと……と考え込む羽目になる。ただ、バスルームで鏡を見れば、泣いたせいで顔はぐちゃぐちゃだし、髪もぼさぼさだし、鎖骨の上にはくっきりと赤い痕がついていた。これはシャワーでも浴びて身形を整えろということだろう。自嘲する元気もなく、やや乱暴にワンピースを脱ぎ捨てた。そこで漸く自分の手もワンピースも泥と砂で汚れていることに気が付いた。ワンピースはまだいいけれど、下着をもう一度着るのは嫌だな……。ふむ、と顎に手を当てて考えていて入口に洗濯機と乾燥機があったことを思い出した。時間はかかるかもしれないけれど、最悪家に帰らなくてもいいから問題はないだろう。月影くんに下着を買ってきてとはさすがに言えないし。そう思って、体を洗う前に下着を手早く洗い、乾燥機に放り込んだのに、シャワーを浴びて髪を乾かしている内に三十分くらい経ってしまったし、乾燥機から取り出した下着はドライヤーで仕上げればそう問題はない状態になった。あとはここに泊まってしまうかどうか次第だな……、と取り敢えず部屋に備え付けの寝間着に着替えた。そこでスマホを確認すれば、「着替えはドアの外に掛けた」と月影くん個人からの連絡が入っていて、ちょっと扉を開ければ、ドアノブにYOUNIQLOの袋がかかっていた。部屋で中身を確認するとTシャツとショートパンツだった。有り難くそれに着替えて、バスルームに置いてあったゴムで髪を結んで、まともな状態になったことを確認してから月影くんに連絡し直す。

 数分後、ドアがノックされた。開けると相変わらず不愛想な月影くんが立っていた。


「……、どうも」

「駅で待っていると言われた。あの顔の菊池を連れ回すわけにはいかないからな」

「……そうだね」


 沈黙が、落ちた。お互いにお互いの選択を待っている。そして、待つべきは私ではない。


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