第二幕、御三家の嘲笑
 まぁ、その伏せている事実を菊池が機転を利かせて捏造(ねつぞう)したわけだが、と月影くんは付け加えた。雅が吐いてくれた嘘のことだ。松隆くんは、〝私は幕張匠を好きだったのに雅と付き合ってた〟事実を雅が伏せようとしたのだろうと思ってくれるだろう。


「総の視点は、純粋な興味に近かった。本当に菊池は君の元カレなのか、と。だが俺が抱いたのは疑惑だった。坂守高校はそれほど校風が自由でないにも関わらず菊池のあの風体、素行が悪いですと言っているようなものだ。その菊池が、果たして桜坂と会うためだけに現れたのか?」


 つまり、最初から御三家を嵌めに来たのではないか、と。


「だから俺は菊池のことは調べた。宿実(やどみ)小学校出身、高祢中学校出身、坂守高校在学、つまり君との接点は中学だ。小学校のときのバスケチームは今でもそこそこ仲良しがいるから高祢中学進学者に菊池のことを訊ねた。答えは『いかにも素行の悪そうな見目ゆえに有名ではあったが、そう目立った悪さはしていなかった』という、大したものではなかった」


 だって、雅は外で遊ぶときはマスクで顔を隠していた。


「それは坂守高校進学者に聞いても同じだった。だから警戒する必要はないと思ったが、高祢中学出身者に君のことも訊ね、返ってきた答えで気が変わった。……桜坂亜季という名前の女子は知らないと言われた」


 そうだ。中学の私に辿り着いてしまえば、その答えが出るのはすぐだ。


「同期の異性の名前を把握していないなど、そう取り立てて珍しいことではない。だから気にしないべきかもしれなかったが、そこで一つの可能性があった。……君の苗字が桜坂ではなかったという可能性だ」

「……そうだね。〝アキ〟って音なんて、残したところでさして珍しいものじゃないし、」

「俺は確率に賭けたわけじゃない」


 苗字が変わることで、名前を聞くだけでは誰なのか分からなくなる、そんなのよくあること、ありふれたこと。裏を返せば、名前を聞いて分からないと言われたら苗字が違っていた可能性を考えればいい。そんな思考回路を示した私を、月影くんは遮った。


「俺は、君の苗字が変わったのだと八割方の確信をした」

「……どうして?」


 月影くんはやはり言いづらそうに瞑目した。眉間に皺を寄せて、難しい顔をして。ややあって、重苦しく口を開く。


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