第二幕、御三家の嘲笑
「亜季、言ったろ? 俺も寂しかったんだ。最初の最初から、助けてもらってたのは俺だった。俺ばっかり貰った」

「そんなことない……私がずっと、雅に傍にいてもらった」

「匠の相棒だってアイツらがバラさない保障はないしさ、亜季の周りうろちょろしてると、まーた巻き込んじゃうんだよね」


 雅がわざとらしい明るい声を出した。丁度電車が到着して、私達に視線を向けていた人達の注意も逸れ始める。


「俺一人だと、亜季のこと守れないしさ。少し大人しく、しとくよ。……じゃーね、御三家。亜季を囲うなら、ちゃんと守ってね」


 くるりと雅が踵を返す。到着した電車に乗り込んでいなくなろうとしてる。私は雅に結局連絡先を教えないままだ。きっともう、雅は会いに来てくれない。


「雅!」


 電車に足を踏み入れた雅は振り向いてくれない。力なく座席の仕切に凭れる後ろ姿が、本当に最後の光景になりそうで、慌てて手を伸ばす。汚れたその掌の上に触れれば、掌の感触を訝しんだ雅は反射的に振り向いてくれた。


「これ、お気に入りなの」


 ぎゅっと、その手にシュシュを押し付ける。半透明の水色のそれが黒く汚れた。


「汚れちゃった。洗って、返しに来て」


 手を放した瞬間、扉が閉まる。窓の向こうの雅が手元に視線を落としたまま目をぱちくりさせていた。ややあって、電車が動き出すタイミングで、そっと顔を上げて、笑ってくれた。それでも声は聞こえないままで、すぐに雅の姿なんて見失う。次の電車を待つ人が押し寄せる中、せいぜい心配できたのは、傷だらけの頬に涙が沁みたんじゃないだろうかということくらいだった。

 見送りを辞める前に、ぽん、と頭に掌が載せられた。見上げた先の桐椰くんはこちらを見ることはなく、何かを言うこともなく、ただ何度か頭をぽんぽん撫でてくれた。


「……俺達も帰ろう」


 次の電車は二分も経たないうちに来るし、駅のホームで立ち往生する必要なんてないし、月影くんの台詞は珍しくそれ自体は意味のないものだった。それでも月影くんがそう口にせざるを得なかったのは、ずっしりと重たい空気のせいだ。


「……松隆くん」


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