第二幕、御三家の嘲笑
 桐椰くんには、嘘を吐いてばかりだ。瞬きをするように誤魔化し、息をするように嘘を吐く。信用させてくれと言われるのも、あの桐椰くんの性格じゃあ仕方がない。


「ふーん……。なんで黙ってんの?」

「わざわざ言う必要なんてないもん。あのね、雅」


 御三家に見送られるときに別れる交差点で立ち止まる。雅も来ていいのはここまでだ。


「幕張匠は、もういないんだよ。最初からいなかったけど、本当に今はいなくなった。ヤバイヤツに目つけられてヤクザの子分になったとか、闇金の用心棒に仲間入りしたとか、色んな噂はあるけど、どれでもないのは雅も知ってるでしょ。でも幕張匠がもういなくなったのは本当だよ」


 誰も、思いもしないんだろう。頑なに幕張匠を名乗っていた中学生は、何の特徴もないただの女の子だった。男女の体の変化についていくこともできなくて、中学三年生の時に唐突に姿を消すしかなくなった。理由はそれだけじゃないけれど、二度と幕張匠になれない理由の一つではある。


「それに、幕張匠はもういる必要もないから」

「……ずっと教えてくれなかったけど、亜季は何でわざわざそんな名前を名乗ってたの?」

「さあ、なんでだろ? もう分からなくなっちゃった」


 正確には、もう意味がないと分かってしまっただけなのだけれど。雅は不満そうな顔をするけれど、仕方がない。雅はあくまで幕張匠の親友なんだから。

 そうだ――私にはもう、雅すらいない。くるりと爪先を家の方向に向ける。


「じゃあね、雅。もう無理して私に付き合わなくていいんだよ」

「待って亜季、俺は――」

「ごめんね、雅」


 あの時よりも二十センチ近く高くなった背と、あの時よりも数音分低くなった声と、あの時よりも遠くなってしまった距離。


「雅は私にとって、ずっとずっと誰よりも大事な友達だよ。でも雅にはこれ以上言えない」


 道なら間違えても戻れば済むのに、関係は間違っても戻ることを許してもらえなかったんだ。


「……なんだよそれ」


 歩き出した私に構わず、雅が歯軋り交じりに呟いた。そのときの雅の顔を見ていないから、私にはその表情に現れた感情が分からない。


「亜季ッ」


 大声で呼び止められても、雨音で聞こえないふりをして横断歩道を渡る。そんなに激しくない雨の中で、そんな行為は嘘だとバレバレだけれど。


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