第二幕、御三家の嘲笑
「えー、だって嫌味言ったら桐椰くん怒っちゃうじゃん? 今日は助けてもらったんだからさすがにそれは悪いじゃん? だから黙ってるんだよ?」

「……あのな」

「揶揄われたいならいつでも言ってよドMな桐椰くん」

「……俺がどんな思いでお前のこと探したと思ってんの?」


 静かで落ち着いた声に、心臓が止まりそうになった。息を呑んだ私を嘲笑うように、桐椰くんは表情を崩さず、私の手首を掴んだまま、責めるような目を離してくれない。そのせいで嫌でも気持ちが伝わって来る。何より、その言葉に全部現れている。なんで、一人称なの。私を探してくれたのは三人じゃないの。同じ気持ちで探してくれたんじゃないの。桐椰くんは、一人だけ違うの?

『有体に言えば、アイツは――』

「……俺は――」


 桐椰くんが躊躇ってくれたお陰で出来た、その一瞬の隙をついて。ぎゅっ、と、自由な片手を桐椰くんの背中に回して抱き着いた。案の定、不意打ちに動揺した桐椰くんは言葉を切る。薄手のパーカーの柔らかい感触に包まれること数秒、ぐっと気持ちを堪えて体を離す。


「ありがとう! 元気出た!」

「は……」

「大丈夫じゃなかったの。人肌恋しいし、誰でもいいからちょっと抱き着きたい気持ちだった!」


 ごめんなさいと、何度繰り返せばいいだろう。最低だと分かっててもそうせざるを得なかった。月影くんの言葉が本当なら、桐椰くんとの関係が変わってしまう。それだけは嫌だ。


「今日はありがとね。おやすみ」


 桐椰くんは呆然と立ち尽くしている。それでも構わずに、素早く鍵を開けて家の中に飛び込んだ。仕様上閉まるときに減速する玄関扉に苛々した。閉まった瞬間に鍵をかけて、玄関扉に凭れる。


「……疲れた」


 家の中は真っ暗で、しんと静まり返っていた。明かりをつける元気すらなく、そのままずるずるとその場にへたり込んだ。

 月影くんが暴いた通りだ。私と優実は半分しか血が繋がっていない。三人兄妹で目が似ているのは父親が同じだからだ。それでも優実は私を姉として慕ってくれる。そして、私は元々桜坂姓ではない。

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