第二幕、御三家の嘲笑
六、人は現在を望めない

(一)君は他人を悩めない

 その日は、どうにもこうにも足が重かった。


「やぁ。数日ぶりだね、桜坂」

「……どうも」


 松隆くんと言い争った後、何を謝ることもなく約束の日がやってきた。そう、月影くんの誕生日プレゼントを買に行く日だ。前々から決まっていた日程のせいで──というか月影くんの誕生日がなくなることなんてないせいで──松隆くんと出かけざるを得ないわけだ。松隆くんは濃紺のボーダーTシャツにリネンシャツを羽織り、デニムスキニーを履いているので体の細さが目立つ。流行りも何もないごくごく平凡な服装なのに決まって見えるのは顔のお陰だろう。ただ私には、結局松隆くんは何にも興味がないんだと示されたようで、少しだけ冷たい印象を受けた。実際、松隆くんの表情はいつも通りで、食えない微笑みと共に挨拶してくれる。

 平日とはいえ、大学生以下はみんな夏休み、駅構内はいつもより人がごった返していて、外よりも涼しいはずなのに蒸し暑さが充満していた。改札前の柱に二人で並んで、電車の到着と共に人が溢れるそこを見ていた。


「遼、まだ来てないんだね」

「……そうだね」


 松隆くんに見えないようにちらと自分のスマホを見る。……桐椰くんから、『十分時間やるから総と仲直りしとけ』と連絡が来ていた。約束した時間は十三時、私と松隆くんが来たのはピッタリ十分前。桐椰くんがどこまで見越しているかは分からないけれど、おそらく十三時一〇分にやって来る予定なんだおう。ぎゅっと唇を引き結んだ。目だけで松隆くんの表情を確認すれば、何処で買うのがいいかねぇ、とその口が動いていた。場所に困っているということは物には困っていないのだろうか。


「……ねぇ松隆くん」

「なに?」

「……なんでも」


 言いかけて一度口を閉じる。桐椰くんは松隆くんから折れることはないと言ったし、実際プライド高そうだし、一方で私はそう頑固なわけではないのだけれど、いかんせん今回ばかりは私が悪いとは思えないせいで謝れない。


「……この間のこと?」


 それだというのに、予想外にも松隆くんから切り出された。溜息混じりではあったけれど、松隆くんは視線も寄越した。


「悪いけど、俺は謝る必要ないと思ってるから」

「……私もないと思ってる」

「……俺もだけど、桜坂も相当頑固だね」


 また溜息を吐かれた。その手はスマホを離さず、今日の目的地をピックアップしているようだ。
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