第二幕、御三家の嘲笑
「……寧ろ何で何かあると思ったの」


 桐椰くんの気持ちについては松隆くんも知っていると月影くんも言っていたから、そこから諸々の推測をしただけだろうか。精一杯胡乱な目を向けたけれど、松隆くんは「え、だってあっただろ」とけろりと答えてみせる。とんでもない返答に心臓が飛び上がった。


「え」

「抱きしめられてただろ、あの時」

「…………どの時」

「あぁ、数えるほど抱きしめられてる?」

「違います!」


 鎌をかけられたのではないということを確認したかっただけだ。断じて違う。違う……はずだ。必死に記憶を探る。生徒会室に忍び込んだときに用具入れの中にいたのはノーカンだ。BCCで倒れたときに抱きとめられたのもノーカンだ。数日前に助けてくれたときが第一回だ。なんならあれだって桐椰くんの優しさゆえの反射的な行動で彼方の弟なんだから挨拶みたいなものだと考えれば総計ゼロ回だ。


「随分仲良くなったもんだよね、桜坂と遼は。元々気が合いそうにないとかそんなことはなかったけど」

「月影くんとも仲良くなったよ!」

「冗談はいいから」

「そこまで言う?」

「抱きしめられて何か変わったかなーと思っただけだよ。幸いにも張本人が時間を作ってくれたから聞きたいことは聞いとこうと思ってね」


 早く来て、桐椰くん。松隆くんの尋問に耐えられる自信が私にはない。とはいえ桐椰くんと顔を合わせるのも気まずくないといえば嘘になる。最悪の日だ。


「それは……、ほら、松隆くんが気にするほどのことではないと思いますが……」

「気にするほどの変化はなし? それとも気にするほどの変化は起こった後?」

「ものすごくぐいぐい来るね」

他人(ひと)の別荘で一つ屋根の下をいいことに何かされても困るので」

「そんなキツイ言い方する? 心配しなくてもそんな間違いは起こりません」

「どうせ間違えるなら俺とにしとけば?」

「またそうやって馬鹿にする……」


 はぁ、と溜息を声に出した。夏休み唯一の小旅行が憂鬱だ。そのせいで私の返答に対する松隆くんの表情は見逃した。


「だから質問に答えると……、何もないです。何もなかったです。ご安心くださいませ、リーダー」

「ふーん」

「信じてない?」

「いや信じてるよ。アイツにそんな度胸あると思ってないし」


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