第二幕、御三家の嘲笑
 ゾクッと背筋に悪寒が走った。どうして気が付かなかったのだろう。松隆くんがその話を耳にするには順序がある。桜坂亜季が幕張亜季であったと知らなければ、「幕張亜季は幕張匠と同じ家に出入りするのを目撃されたことがある」という情報を、桜坂亜季を探る過程で手に入れることはできない。仮に松隆くんが私の旧姓という大前提を知っていたのなら、まずは「旧姓と同じってことは、幕張匠は兄弟か親戚か何かなの?」と訊くはずだ。それを松隆くんが怠るはずがない。五月時点ではその情報を秘めることにしたとしても、幕張匠の存在を疑っている今、そのカードを切らない手はない。つまり松隆くんは未だに私が幕張姓を持っていたことを知らない。

 ということは、私の旧姓が幕張だと知りながらも──下手すれば私が幕張匠だと知りながらも──それを秘したまま桜坂亜季と幕張匠の繋がりだけを松隆くんに(ほの)めかした誰かがいるということだ。ドクン、と、心臓が大きく鼓動すると共に冷や汗が流れ始める。


「……その、噂……誰から聞いたっていったっけ……」

「鶴羽《つるは》樹《いつき》、俺や遼と同じで朝木中学のヤツだけど」


 そうだ、そういえばそんな名前だと聞いた気がする。でもやっぱり覚えはない。顔を見れば分かるだろうか……。ぐっと唇を噛んだ。そうだ、幕張匠と桜坂亜季を彼氏彼女という関係で直接に結び付けたのは桐椰くんもだ。笛吹さん事件に関わった男子から聞いたと桐椰くんは言ったけれど、もしかしたら薄井さん事件の男子はいいように使われただけで、その噂単体しか知らず、その意味を考えすらしないかもしれない。現に私自身に何かを言ってきたことはない。

 そして……、一つも怪しいところなんてないのにどう考えても怪しむしかないのは、生徒会長の鹿島くんだ。

 ぎゅ、と胸の前で手を握りしめた。何かがおかしい。何もおかしくないのに何かがおかしい、そんな奇妙な(いびつ)さを感じる。妙な胸騒ぎがする。この嫌な予感の原因は一体何だろう。


「……どうかしたの、桜坂」

「ううん、何でも……」

「安心しなよ。その話は遼にも駿哉にもしてないし」


 松隆くんは再び時間を確認し、「そろそろ来るかな」と間に挟んだ。


「学校でもそんな噂は聞かないし、広まってる心配はないよ。この間みたいなことがあったら守ってはあげるしね」


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