第二幕、御三家の嘲笑
「怖い! やめて怖いよ!」


 瞬時にそんな脅迫を思いつくなんて、頭の回転力を無駄遣いしているとしか思えない。取り敢えず松隆くんに喧嘩を売るのはやめておこう。


「青……」

「ん?」

「いや、ペディキュア」


 四階から五階へ上がろうとするとき、桐椰くんが小さく呟いた。どうやら私の足の爪の色の話らしい。


「どうしたの急に」

「さっきマニキュアコーナーあったから。お前でも塗るのかなーと思って」

「私でもは余計じゃん!」

「青色の爪って気持ち悪ぃなー……」

「しかも文句! いいじゃん私の勝手じゃん!」


 でも青色のサンダルを履くのにピンク色のペディキュアを塗るなんて、血色良く見せるだけみたいじゃん! 一生懸命抗議するけれど、桐椰くんは手すりに頬杖をついて「爪はピンクだろ」と譲らない。


「えー。でも蝶乃さんとか絶対爪も派手だよ? 黄色い爪とかじゃなかった?」

「だからなんで蝶乃を出すんだよ!」

「色は覚えてないけど、遼が気持ち悪いって言って蝶乃に怒られたことはあるよね。折角綺麗にしても話し甲斐がないとか」

「だからなんでお前ばっかりそういうこと覚えてんだよ……」


 予想通りだ。因みに手の指には何も塗っていないので桐椰くんの好きな普通の爪だ。


「松隆くんも爪はピンク色でいてほしい人?」

「別に何色でも似合ってるなら好きにすればって感じ。そこまでしてお洒落したいわけだし」

「言ってることはいいことなのに言い方に棘があるね」

「薬品を塗りたくった爪で食事作りさえしなければいいよ、俺は」


 マニキュアを薬品の一言で片付けた。松隆くんの彼女になる人は大変そうだ。じっと見つめていると、私の考えなどお見通しだと言わんばかりに鼻で笑われる。


「どうせ俺の彼女になると面倒臭そうだなとか思ってるんだろ」

「ううん、彼女の手料理食べたがるなんて意外と可愛いところあるなって思っ──あーっなんでもないです! なにも言ってないです!!」


 うっかり桐椰くんと同じように揚げ足を取ろうとすれば、一瞬その目が殺意に満ち溢れた。慌てて早口で(まく)し立てると松隆くんは笑顔に戻る。でもそのこめかみには青筋が浮いているので二度と揶揄わないと決めた。一階分のエスカレーターを上り終えたところでこっそり桐椰くんに耳打ちする。


< 209 / 438 >

この作品をシェア

pagetop