第二幕、御三家の嘲笑
(二)声は芽を生む
「幕張匠って、お前?」
いきなり声を掛けられるなんてそう珍しいことではなかったのだけれど、あまりに可愛い声だったから驚いてしまった。顔を上げると、同じか、少し高い程度の位置から視線が送られていた。同じ制服だ。
「……そうだけど」
「へー、意外と小さいじゃん。つか、マジでうちの中学にいるんだ」
見たことないなあ、とその人は眉を顰めた。大判の形のマスクで目以外が分からなかったから、相手の顔はよく分からなかった。不躾に私を覗き込むその顔に私も見覚えはなかった。元々学校の人の顔なんてほとんど覚えてないから、それだけで知り合いだとか知り合いじゃないとか決めつけるのは早いけれど。
「……何か用?」
「つか、声も高いなあ。俺も女っぽいってよく言われるけど、お前も相当じゃん。チビで細いのに、なんでこんな大男達をバッタバッタなぎ倒せてんの? からくりあるの?」
その人は地面を見回す。そこに転がっているのはごくごく平均的な身長の男子高校生四人で、大男というのは私達の身長ゆえの評価だ。でも本当の大男から見れば私達は小人だし、でも私達は自分達を小人だなんて思ってないし、そんなものかな、と勝手に納得してしまった。
「……別に」
「ふぅん。でもすげー、容赦ないな。幕張匠は金属バットを頭めがけてフルスイングできるってマジ?」
「……さあ、噂がそう言うならそうなんじゃね」
「んー、でもお前の細腕じゃ無理そう。せいぜい木刀が限界じゃね?」
マスクの裏でくすっと笑うのが分かった。その視線の先にあるのは、確かに私が持ってきた木刀だ。
「でもすげー、一見ヤバそうな怪我は見当たらない。何で? 手加減してんの?」
「関係ないだろ。お前何なの」
「最近急に出没するようになった幕張匠の正体を知りたがってるだけ。ミーハー根性みたいな?」
「幕張匠は幕張匠だよ」
「幕張亜季の兄貴?」
「いや」
「珍しい苗字なのにそれはないだろ? 大事にしたほうがいいよ、妹なのか親戚なのか知らないけど」
「お前に関係なくね」
「確かにどうでもいいけどさ。幕張匠」
早く帰ろうと、木刀を拾い上げる。木刀袋に仕舞う私の顔を、彼は覗き込むように見た。
「こんなところにいるより、妹の傍にいてあげたら」
「亜季は妹じゃない」
「じゃあ何、彼女?」
「彼女でもない」
「でも知ってるんだ?」
「…………」
「彼氏は彼女の傍にいてやるもんだぜ」
「……お前に関係ない」
顔を背ければ、「ふぅん」と頷きながら彼は屈みこんだ。気絶している高校生のポケットから学生証を取り出して、ひらひらと私に向かって振って見せる。
「……まあ、そうかもしれないけどさ。お前、わりとヤバイぜ?」
「……なにが」
「名前売り過ぎたってこと。同じ中学――っていってもお前は幽霊生徒だけど、その誼で教えてやるよ。そろそろ、そんな木の棒一本使った奇襲じゃ勝てねーよ?」
「……そんなことどうでもいい」
その時は、その忠告を無視して帰った。