第二幕、御三家の嘲笑
「悪い、電話──ゲッ……」


 そんな桐椰くんはスマホ画面を見て顔をしかめた。


「どーしたの? 蝶乃さん?」

「なんでアイツが俺に電話かけてくるんだよ! 母親だよ、母親……」


 冷凍なんかミスったっけなぁ、とぼやきながら桐椰くんはスマホを耳に押し当てる。心当たりに思い浮かぶものが食べ物の冷凍だなんて、つくづく桐椰くんは主夫だ。


「あぁなに? ……オイスターソース? 余りあったじゃん、冷蔵庫の奥。……いやあるって」


 鬱陶しそうな顔をしているくせに、私の前で母親と話すのが恥ずかしくて堪らないといわんばかりに目が泳いでいる。じーっと見つけていると手でしっし、とやられた。


「餃子? 皮買ってない。……遥に行かせればいいじゃん。俺、総と出かけてるから。……やだよ面倒臭い」

「桐椰くんってお母さんの前だと言葉遣い直るんだんぐっ」

「総だけだよ! 気のせい!」


 何気なく荒々しさの抜けた桐椰くんを揶揄(からか)うと今までにない速さで口を塞がれた。あまりの勢いで口がじんじんする。母親には私の声が聞こえたせいでデートじゃないかと疑われているようだ。真っ赤になった桐椰くんは私の手に番号札を押し付ける。


「だから駿哉の誕生日。……筆箱。……いないいない」


 しー、と人差し指を口の前に立てて、桐椰くんはそのまま少し離れていった。ほう、私に一人で留守番をしろと。十五番の番号札を片手に辺りを見回す。休日なので家族連れも多くて、通り道に困るほど人が多い。そのせいで、ちょっとでも離れるとお互いどこにいるのか分からなくなりそうだ。桐椰くんは視界に映るところにいるけれど、いま私が背もたれにしている柱の影に隠れてしまえばちょっとしたかくれんぼでもできるかもしれない。


「……暇になっちゃった」


 こんなとき、普通ならスマホを取り出して時間でも潰せるのかも。でも私のスマホの中には必要最小限のアプリしか入ってないし、連絡をくれる人もいないしで、そんなものをわざわざ取り出して確認する気にはなれない。桐椰くんが電話を終えたときに遊ぶためにちょっと移動しておこうかな、と取り敢えず柱の影に動いた。柱の裏にあったのはレターセット。メールやらSNSやらが普及してしまった今でも廃れずに残っているものだ。


「……手紙くらい出すべきなのかな」


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