第二幕、御三家の嘲笑
 それを手に取って、ぽつんと呟いた。小学生向けみたいな星の模様の入ったものもあるけれど、ちゃんと大人が使えるような落ち着いた模様の便箋もあった。その中で、花の水彩画が四隅にあるだけのシンプルなレターセットが目に付く。

『亜季って名前、俺は好きだよ。ロマンチックじゃない?』

 でも手紙に何て書けばいいんだろう……。買ったところで何も書けないか、良くても数文字書いては消し、書いては消しの繰り返しだろう。無駄になることは分かってる。それなのに手に取ってしまうのはなぜだろう。……きっと、贖罪(しょくざい)のようなものだ。


「誰かに手紙でも出すの?」


 不意に、隣から伸びてきた手がレターセットを手に取った。驚いて隣を見ると、黒縁眼鏡の奥の瞳が私を見て笑っていた。


「……鹿島くん」

「あれ、あんまり驚いた顔はしないんだね?」


 くすくすと、鹿島くんは笑った。鹿島くんに何かされたことなんてないし、蝶乃さんにうっかり遭遇してしまうほうがよっぽど怖い。こんなところで会うなんて、と驚きはしたけれど、ただそれだけだ。お陰で肩を竦めて返事をする。


「別にー……。花咲高校の生徒会長さんが休日にこんな庶民なところに来るなんて意外だなって感想くらいしかないですよ」

「偏見も甚だしいな」


 松隆だって来てるじゃないか、と言いながら鹿島くんはレターセットを元の位置に戻す。どうやら二人と一緒にいたときに私を見かけていたようだ。

 それにしても……、相変わらず、鹿島くんは普通だ。どこにでもいる優等生、ただしダサさなんて欠片もなく、真夏に漂っている清涼感は、どこか松隆くんと似ていた。──そう思って、はたと気が付いた。そうだ、鹿島くんは松隆くんとちょっとだけ似てるんだ。リーダーということもあるけれど、中身のつかめない笑顔を浮かべているところとか、読めない腹の内とか。ただ、決定的に違うのは、松隆くんが隠し切れないカリスマ性みたいなものを放つのと違って、鹿島くんはそう浮き立つような雰囲気はないということだ。松隆くんに言わせれば、あの花咲高校で普通に見える奇妙な生徒会長。思わずじろじろと眺めてしまう。今日の服装だって系統的には松隆くんと大差ない。お陰で余計に似ている気がした。


「……ところで、私に何か用事?」

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