第二幕、御三家の嘲笑
「ん、まぁ用事といえば用事? 別に付けてたわけじゃないし、今会ったのは本当に偶然。だから用事が出来たのは今だけど」


 松隆と桐椰と買い物かい?と訊ねられ、こっくりと頷けば、「月影がいないってことは月影の誕プレでも買うのかな」と易々と正解を弾きだされた。


「相変わらず仲良しなことだね、御三家と君は」

「……お陰様で」

「正直、こんなに仲良くなるなんて思ってもみなかったよ。桐椰はああ見えて単純だから君と仲良くやるかもしれないとは思ったけどさ」

「……ねぇ、だからそれってなんのためなの?」


 警戒するに越したことはない相手だよね──……。松隆くんの言う通りだ。油断はできない相手ではある。じっとその目を見つめていると、不意にその目が──愉悦に歪んだ。ゾクッ、と背筋に寒気が走る。


「え……、」

「あぁそうだ、桜坂。俺は君に聞きたいことがあったんだけどさ」


 音もなく、鹿島くんは私の目の前に立ちはだかる。さっきまでただ隣に立っているようにしか感じなかった鹿島くんを見上げると、なぜか体が凍り付いた。その凍り付いた体の首筋に、いつの間にか伸びて来た鹿島くんの指先が触れた。


「薄暗い工場(こうば)の中で、知らない男に犯されそうになるのはどんな気持ちだった?」


 ゾッ──、と、一瞬で背筋に悪寒が走った。ぶわっと、全身の毛穴から冷や汗が吹き出た。どくんどくん、と心臓が激しく鼓動を始めた。眼前にあった男の笑みと、耳を塞ぎたくなるような嘲笑と、肌に触れたざらついた指の感触とが、一瞬で生々しく甦る。ぶるっと震えた私の目の前で、指先を触れさせたまま、鹿島くんは笑っている。


「な……んで……」


 初めて会ったときから、鹿島くんは笑みを浮かべていた。薄く笑みを穿いていた、ただそれだけだった。それなのに今、その笑みは全然種類が違って見える。


「なぁ、桜坂。まさかおかしいと思ってないわけないよな? 幕張匠の正体なんて片手で数えられるほどの人間も知らないんだ。それなのに、あんな馬鹿達が、菊池と幕張匠の関係に辿り着けるわけないだろ?」


 雅の最大の弱味は、幕張匠の相棒だったこと。でもそれは誰も知らないはずだった。それなのに今になって突然バレた理由。

『菊池の人質がお前で、お前の人質が菊池。いやぁ、よく出来てるわ』

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