第二幕、御三家の嘲笑
『御三家のって聞いてたけど、まだ菊池と切れてねーの?』

 はっと、息を呑む。


「君と菊池が付き合ってたなんて、菊池の吐いた嘘だ──花咲高校の敷地内だけでね。仮に君と菊池がキスした光景を見たヤツがそう考えたとしても、君が菊池の彼女だったと思い込むのは花咲高校の生徒だけだよ」


 鹿島くんの指先が鎖骨から離れた。代わりに顎を捉えられる。ただそれだけなのに、蛇に胴体を捉えられているような感覚だった。その蛇は、長い舌を揺らしながら獲物が力を失うのを待っている。硬直している私を、鹿島くんはクスッと笑った。


「あぁ、あの日のことそんなに怖かったんだ? もしかしてワンピース着てないのもトラウマ?」


 白いTシャツと青いキュロットスカートに、あの日を髣髴(ほうふつ)させるものは何一つない。そしてやっぱり、鹿島くんはその日の私を知っている。でももし鹿島くんが裏で糸を引いていたのだとしたら、雅と私が付き合っていたということまで吹き込む必要はない……。


「可哀想に。これからは夜道にも気を付けないと、いつまた同じ目に遭うか分からないね? 学校ででさえ、君はもう、御三家に守られることなしには生きていけないね」


 体が、動かない。その言葉はただの現実なのか、それ以上の意味を持つものなのか、鹿島くんの口調から読み取ることはできなかった。そっと、その指に下唇を押さえられる。クッ、と鹿島くんは笑った。その指先で、唇は震えている。


「……何が、したいの……」

「何がしたいの、って。言ってるだろ、菊池との関係を吹き込んだのは俺ではないよってね」


 ひんやりと冷たい手が、唇をなぞる。ぞっと、寒気に襲われた。


「……桜坂亜季を嫌いな人なんて、生徒会の役員に決まってる」

「そうかな? 存外視野が狭いんだね。御三家の敵は生徒会にしかいなくても、御三家の隣にいる君の敵は生徒会だけじゃない」


 緊張で、息が苦しくなる。目を逸らそうとして突きつけられた、他人から見た現実。それは、本当は御三家の作戦だった。生徒会──というか蝶乃さんを筆頭としたその取り巻き──に、目の敵にされていた私は、御三家が守ると公言されることで手を出されなくなる代わりに、隠れた御三家ファンを真っ向から敵に回した。下僕として御三家を裏切れないための枷は、今もなお私の首についている。

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