第二幕、御三家の嘲笑


 その数日後だ。本当に、木刀一本なんかじゃどうにもならなくて――大袈裟かもしれないけれど――命からがら逃げだす羽目になったのは。


「まーくはーりたーくみ」


 動揺して逃げ込んでしまった袋小路で、塀の向こう側から私の体を引き上げてくれたのは、数日前に会ったマスクの人だった。他人様の庭を走り抜けて逃げ出して、彼の住むマンションの裏にある団地で漸く一息ついて座り込んだ。


「だーから言っただろ。いくら腕が立つっていっても一人じゃ無理だって。お前チビだし」

「……うるせーな。何で助けたんだよ」

「ああ、お前の彼女に借りがあんのよ」


 ニッと口角を吊り上げて笑うのがマスクに隠れても分かった。


「去年、ガチでヤバイときに逃がしてもらったんだ。だから俺もお前がガチでヤバイときには一回逃がしてやろうと思って」

「……亜季と匠は違うだろ」

「はは、確かに。まあいいだろ、お前に損はない」


 本当は、人は同じだけれど。彼の顔に覚えはなかったし、自分が誰かを助けるような優しい人間じゃないことは知っていたし、彼が誰なのか相変わらず検討はつかなかった。茶色い髪じゃ、学校に溢れる男子と変わらない。


「……貸し一つだな」

「ん、そう思ってもらえるなら俺としては得だな」


 あんまり長い間喋っているのはマズイと立ち上がるけれど、彼は引き留めることもなく、ただマスクの裏で分かりにくい口を動かした。


「じゃあ今度俺がヤバくなったら助けてくれよな」

「……そうする」


 その借りを返す機会は存外早くやってきて、一人でリンチされているのを慌てて助ける羽目になった。どうして慌てたのかは分からない。いつも通り名前を売りたいなら慌てることなんてなかったはずなのに。それでも慌てた甲斐あって、彼の怪我は軽い打撲と擦り傷で済んだ。


「本当に助けてもらえるなんて、思ってなかった」

「……何したの、お前」

「ああ、これ? 別に何も……先輩の彼女に好かれただけだよ」

「へぇ」

「……菊池雅」

「あ?」


 助け起こすと、彼はマスクを外して笑った。


「俺、菊池雅っていうんだ。助けてくれてありがとう、幕張」


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