第二幕、御三家の嘲笑
「君は本当に馬鹿だね? 菊池がどれだけ君のことを想っていたのか知らないの? 菊池はね、君のために文字通り死ぬつもりだったんだ」


 サッ──、と、自分の顔から血の気が引いた。


「桜坂亜季と幕張匠が同一人物だってネタで強請られて要求を受け容れざるを得なくなるまで、菊池は何度気絶したんだろうね?」


 そんなの、知らない。


「そんなの知らない、聞いたことないって顔だね? そりゃそうだ、菊池は君の忠実な狗だから。身を挺してご主人様を護りましたなんて恩着せがましいこと言わないよ」


 それを知っていれば、松隆くんはあんなことを言わなかった。


「本当、笑えちゃうくらいお花畑な頭だね? 菊池は本当に君を庇いきったんだよ。そうとは知らずにのうのうと御三家とお買い物なんて、本当に愉快だよ」


 泣くことなんて、できない。鹿島くんが突き付けたのは私の身勝手さ。被害者面するな、悲劇のヒロイン気取るな、そんな典型的な誹りがそのまま聞こえてくる気がした。


「さて、そこで、君が幕張匠だと知る俺が、わざわざ君に声を掛けた理由は分かる?」


 クスッと笑いながら、鹿島くんは小首を傾げた。この文脈で、分からないはずがない。


「……私に、何をしろっていうの……」


 これは、沼だろうか。雅が幕張匠の相棒だということは、この間の人達が知った以上、もう広まってしまっているかもしれない。幕張匠と私が同一人物だと分かれば、今度は雅を甚振(いたぶ)るための餌に私が使えることも同時に分かる。松隆くんと桐椰くんが幕張匠にどういう感情を持っているのかは知らないけれど、最早それは私と雅だけの問題だし、幕張匠は敵を作り過ぎた、御三家が守りきれるはずもない。下手すれば今後も私が御三家の餌に使われる可能性はあるし、そうとなれば──例えば桐椰くんは必ず助けようとしてくれる。そうなってしまえば、私はもう御三家との関係を断たざるを得ない。その結果、私は学校での居場所も失う。そうして、最終的に私は──。


「分かってるならいいんだよ。君は俺に逆らうことはできない。その身を捨てない限りね」


 首を掴んでいた手が、頬にかかっていた横髪をそっと払った。頬に指先が微かに触れるその感触がおぞましいほど怖いのに、今しがた口にされた言葉の意味を深く考えれば、表情以上の抵抗は許されない。


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