第二幕、御三家の嘲笑
「……今すぐ何か要求する気はないってこと」

「そうだね。ま、今後何かあっても嫌な顔せず引き受けてくれればいいよ」


 今後……。松隆くんの言葉が蘇る。九月の最大のイベントは生徒会選挙。そこで何か要求する気だろうか。ということは、松隆くんが生徒会選挙に向けて何かを企んでいると予想して、御三家側にいる私に対して今のうちに手を打っておくだけ……? そんなの、鹿島くんにしては甘すぎる。……いや、私は未だ鹿島くんのことをほとんど何も知らない。先程からの言葉が鹿島くんの思惑の片鱗なのだとしても、それが私を(ぎょ)すためだけの言葉だと考えるのは……、あまりに甘いだろうか。


「あぁ、存外優しいんだなとでも思った? 確かに、君が幕張匠だって分かってるってことはいつでも菊池を殺せるに等しいし? いざとなれば、それこそ君も自分の体くらい差し出すのかな?」


 図星だった。その強請(ゆすり)のネタがあれば、何でも求めることができると、私の反応を見れば分かっているはずだ。それだというのに、今この場でさえ何も要求しないというのは……。


「……本当に、黙っててくれるの」

「今回のところはね。実際、俺は君が幕張匠だなんてバラしてないだろ?」


 その通りではある。ただ引っかかるのは、雅を首肯させるためにそのネタを確かに使ったということ。それなのに、あの事件であの場にいた人間の誰一人、私と幕張匠を結びつけなかったということ。あの人達とは別に鹿島くんが根回しでもした……? 分からない。鹿島くんの手の中で必死に頭を回すけれど、上手く頭は回らない。それを更に邪魔するかのように、ぎゅ、と鹿島くんの指が頬に沈み込み、思わず目を瞑った。


「まぁ、せいぜい気を付けなよ。花高の連中は加減を知らない。今度は未遂じゃ済まないかもしれないよ」


 びくん、と体が震えた。責任は私にあるとはいえ、あんな思いをまたしなければならない? 雅がまた傷付くかもしれない? 桐椰くん達にも迷惑をかけるかもしれない? そんなのは、嫌だ。ぶるっと身震いすると、鹿島くんの親指の腹に、再び下唇をぐっと押さえられた。


「じゃあね、桜坂。次は──」

「何してんだよ」


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