第二幕、御三家の嘲笑
 ──私が幕張匠だとバラされたくないならば。つい先程の台詞が蘇り、凍りついたように動きを止めてしまえば、後頭部が引き寄せられ、ぐっ、と、離れた唇が再び重なる。離れる気配はない。


「ん……!」


 それどころか、生温い舌が、唇を嘗めた。取引だと頭では分かっているのに、拒絶の気持ちは明確に生じ、思わず口を開いてしまう。それ命取りだったというべきか、舌に滑り込む隙を与えてしまい、同時に恐怖に侵食される。今度は嫌悪感がなくなった代わりに、全身が強張った。まるで恋人にするように濃厚なその行為が、恐怖として全身に広がった。

 一体、何秒経ったのだろう。押さえられていた頭が解放されて、恐怖のせいか酸欠のせいか、蹈鞴を踏んだ。今すぐ漱ぎ流したいほどの嫌悪感は拭うことすら許されない。視界に映っている鹿島くんはきっと私の心理を分かっていて、くすっと笑い、呼吸を乱し俯いている私の唇を人差し指で押さえた。


「今日はこれで許してあげるよ。また登校日にでも会おう」


 登校日になったら、何か要求されるのだろうか。それともまた……、キスでもされるのだろうか。


「じゃあね、桜坂。……最後に一つ、お礼を言っておくよ」


 何事もなかったかのように踵を返した鹿島くんは、私達を振りむいた。


「思った以上の成果を、ありがとう」


 どくん、どくん、と心臓は恐怖で波打っている。今いるのは何気ない日常の中であるはずなのに、ヒビが入っていることを教えられた。今すぐに崩れてもおかしくないほどの足元に気付かされた。ぐっと、胸の前で手を握りしめる。幕張匠がいなくなって二年も経った今、一体何が起こっているというのだろう。


「……何で抵抗しねーの」


 降ってきた、らしくないほど静かな声に、のろのろと顔を上げた。感触はまだ残っている。そのせいで桐椰くんの目は直視できなかった。


「……男の子の力に適うわけないじゃん」

「だったら拭うくらいすればいいだろ。菊池にされたときみたいに」

「……そんなの私の勝手じゃん」

「だからそれを抵抗してないって言ってんじゃん」


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