第二幕、御三家の嘲笑
 ただの八つ当たりだ。だって最初から分かってた。桐椰くんが優実の母親と出くわしてしまったあの時から、分かってたことだ。未だ私が帰っていないのに玄関の灯りを消していた家族を、母親に対して敬語を遣う私を、私に余所余所しく咎めるように話しかける母親を、全てを不審がった桐椰くんと私とが分かりあえないことなんてずっと分かってた。それなのに、理解(わか)り合いたいと思ったのは──思ってしまったのは、私だ。それができないからって突き放すのが身勝手だなんて、分かってるのに。


「……店の中で叫んで、何やってんの」


 どうしようもない重い空気の中に、呆れた声が投げられる。振り返るまでもなくそれが松隆くんだってことは分かってる。


「……なんでもない」

「遼、何かあったの」

「……別に何もない」

「あ、そ。じゃあ帰るよ。用事があるなら解散だけど」


 後半は、助け舟だろう。別々に帰ることを許してくれた松隆くんは、空気が読め過ぎるのか、(いさか)いに興味がないのか、どちらかは分からないけれどありがたいことは確かだ。


「……俺、用事ある」


 桐椰くんからそう口にしたのはなぜだったのだろう。優しさだろうか。もしかしたら──電話をする桐椰くんの表情が脳裏に浮かぶ──本当に用事なのかもしれない。そう思うと、酷く汚い感情が心の中で渦巻いてしまった。


「じゃあ解散しようか。桜坂は帰るんだね? 送るよ」

「……ありがとう」


 私がずっと手に握りしめていた番号札は松隆くんが「こっちはよろしく」と桐椰くんに押し付けてしまった。そのまま松隆くんに手を引かれれば、桐椰くんの手はそのまま離れた。去り際、桐椰くんと目が合わなかった原因がどちらにあるのか、私には分からなかった。


「……で、遼と何があったの」

「……ド直球じゃないですか、リーダー」


 エスカレーターに乗る頃、松隆くんの静かな詰問がやってきた。三人で帰って気まずくなるか、松隆くんと帰って尋問されるかだなんて、二人とのお出かけには随分なリスクがあったものだ。


「動揺してんの? 声に抑揚がないけど」

「……松隆くんのそういうとこ怖い」


 感情の機微を読み取るというよりは心理を読んでくる。去り際に捕まれた手はまだ握られたままで、余計に誤魔化しがきかないような気がした。


「どこから聞いてたの?」
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