第二幕、御三家の嘲笑
 最寄駅まで残り数分。特別気まずかったわけでもないから喋る必要なんてなかったのに、なぜか口を開いてしまった。


「男の子ってみんな、好きじゃない人とでもキスできるんだよね?」

「は?」


 思わず口をついて出てしまった疑問に、松隆くんの珍しく素っ頓狂な声が聞こえた。しかも──あまりに驚いてしまったらしく──随分と大きな声で、車内の人が何人か顔を上げた。松隆くんは慌てて一度口を閉じた。


「……何言ってんの、桜坂」

「まぁできるよね。そもそもキスどころか──」

「ストップ」


 松隆くんの手に口を塞がれた。自棄になってぺらぺらと喋りそうになった私が何を口走りそうになるか予想したらしい。


「電車内だからね。やめようか」

「……できるのできないの」


 松隆くんの手を引き剥がしてじとっと見上げると、困ったように視線を彷徨わせている。


「まぁ……できるけど、特別したいとは思わないし」

「……松隆くんは女の子をとっかえひ──」

「急にそんな話始めるってことは遼にキスでもされたの?」


 台詞を遮られた挙句、松隆くんは珍しく下手な笑顔を貼りつけた。こめかみに青筋が浮かんでいる。嫌なこと喋らせやがって、と言ってる顔だ、これは。


「……そういうわけじゃないけど、どうなのかなって思って聞いただけ。今の話忘れて」

「……あのねぇ、桜坂……」


 見慣れた景色のお陰で、もう私の最寄駅に着くことが分かる。実際、松隆くんが言葉を選んでいる気配がしている最中、電車は止まった。電車から出ながら、「そういう話はあんまりするもんじゃないよ」とお説教をされる。


「なんで? だって聞かなきゃ分からないじゃん」

「じゃあ分かった、今教えてあげたから二度と聞いちゃ駄目だよ」

「昔別の人に聞いたことはあったんだよ。でも一般論かは分からないし。松隆くんもそうならそうかなーって」

「例外はいるだろうけど、恐らく一般論だよ。で、二度と聞かない。分かった?」

「なんで?」


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