第二幕、御三家の嘲笑
 改札を出て駅を出れば、雨は本降りになっていた。数時間前の晴天が嘘みたいだ。再び松隆くんの持つ傘の下に入れてもらいながら、松隆くんに聞くなではなく、一般的に聞くなというのが分からない、と続けようとする。それなのに──ぐん、と腰が引き寄せられた。傘の下、びっくりするほど近くに松隆くんの顔があった。


「誘われてるって思うヤツはいるから。キスされるよ」


 その目に宿った感情が何なのか、分からなかった。桐椰くんと違って感情の見えにくい松隆くんの瞳はいつも通りの平淡さを映す。ただし、ほらね、いつでもキスできるんだよ、そう言われている気がして硬直した。


「……すいません」

「分かればいいんだよ。謝られても複雑だけど」

「ねぇ松隆くん、もしかして私って武道的な意味での隙がある?」

「武道的な意味でなくても隙はあるから気を付けてね」


 ぱっと腕は離れた。鹿島くんにキスされたばかりだというのに、松隆くんがその気になればいつでもキスするくらいの隙があったというのは、どうにも間抜けなお話だ。


「で、結局、誰にキスされたの?」

「……え? 誰って……」

「好きじゃなくてもキスできるのかって質問に加えて、隙があるのかないのか、だよ? まだキスされてませんって言い張る気? 誤魔化したいことがあるならもっと上手に喋りなよ、桜坂らしくないね」


 ……思いの外、私の気は動転していたらしい。そして松隆くんは、桐椰くんと私が喧嘩した場面を目撃したにも関わらず冷静だ。質問の仕方が変わった理由がどこにあるのか分からないけれど、桐椰くんが私にキスできるはずがないと思ったから、だろうか。


「……松隆くんは本当に何でもお見通しだね」

「そうでもないよ。結局誰にキスされたのか分からないし」

「……松隆くんでも怒る?」

「あぁ、やっぱり遼じゃないんだ」


 また口が滑った……。もう駄目だ、今日の私は。思わず額を押さえて、もう少し慎重に喋るべきことを考える。いや、そもそも喋るべきじゃない……。話題を変えるくらいしか思いつかないけれど、そもそも話題を変えることだって……。


「ていうかやっぱりって……」

「遼が付き合ってもないヤツとキスできるほど度胸あるとは思えないし、しかも真昼間に店の中でするわけないだろ。寧ろしたヤツは何考えてんの、痴漢もいいとこだろ」


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