第二幕、御三家の嘲笑
 喋れば、吐息が唇に触れる。原因の分からない鳥肌が立った。ぐ、と体を捩るけれど動かなかった。松隆くんの体が細いことを知っているから、余計に異性なんだと意識する。


「ま……、待って、」

「何を慌ててんの? キス程度、大したことないんでしょ」

「で、でも、松隆くんは、誰とでもできても、特別したいわけじゃないんでしょ、」


 顔が段々と熱を帯びるのを自覚しながら、一生懸命松隆くんの胸を手で押し返す。片腕に抱かれているだけなのにびくともしなかった。


「そうだね。特別したいと思わないならしないよ」

「それなら松隆くんにとって損じゃん、」

「俺が桜坂にキスしたいと思ってないなんて言った?」


 びくん、と。体も一緒に跳ねたのかと思うほど心臓が跳ね上がった。松隆くんだけが表情を変えずに淡々としていて、狙いすましたかのようにほんの一センチ先から吐息をかける。


「誰のことか知らないけど、どっかの男にキスされたって聞いて、上書きしたいと思うのは当然だよね?」


 ただ抱き寄せられてるだけなのに、まるで拷問を受けてるみたいな気分だった。正直に言わないとその目で射殺されそうな威圧感が溢れていた。どく、どく、どく、と、自分の心臓の音が聞こえる。


「な、に、言ってるの」

「できればどんなキスされたか教えてくれると、上書きしやすいんだけど?」


 どんな……? 戒めにこそすれ、あれっきり封印してしまおうくらいの心持ちだったのに、詰問されれば感触は甦る。だって、あんなキス、知らなかった。唇を触れさせるだけのキスじゃなかった。僅かに開いた唇の中に侵入してきた舌は、まるで何かを踏みにじってめちゃくちゃに潰してしまおうとするような意志を持っていて。見た目こそただの濃密なものなのに、その内実は、残虐とも呼べそうな蹂躙(じゅうりん)──。


「……ほらね」


 肩を抱いていた手が後頭部に回った。思わず鹿島くんの手を思い出して身構え、目を瞑れば──ぽんぽん、と。後頭部は優しく撫でられた。驚いて今度は目を見開いてしまって、ぱちぱち、と瞬かせているうちに、鹿島くんと違って優しい手に頭を抱き寄せられる。そのまま松隆くんの胸に頭を預ける形になった。


「大したことだったんだろ。そういうのはね、ちゃんと言いなよ。折角一緒にいるんだから」


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