第二幕、御三家の嘲笑
 狭い玄関には靴が二人分散らばっていた。おそるおそる中に入ろうとすると、「そうやって口答えしやがって!」と突然怒号が聞こえて来て、突風でも吹いたかのように思わず目を瞑って体を震わせてしまった。しわがれた男の声だった。父親だろうか。雅が父親と二人で暮らしていることは知っていた。どうしてか、雅の名前を呼び直すことはせずに家の中に入ってしまった。床には(ちり)(ほこり)のようなものが積もっている。人が歩く真ん中だけは少し綺麗……というか塵埃(じんあい)が少なかったので、掃除がされていないこと、人の出入りはあることだけが分かった。玄関のすぐ傍にキッチンがあって、廊下の奥には開け放たれた扉のお陰で散らかった寝室が見えた。まるで泥棒に荒らされたかのような散らかり方に嫌な予感がした。声が聞こえたのは、その寝室の隣だ。


「……だって本当のことだろ。アンタがちゃんとしてくれたら母さんだって他に男作んなかった」

「父親になんつー口の利き方してんだお前は。あぁ!?」


 バンッ、と聞き慣れた効果音に戦慄する。つい数秒前まで気配を殺して歩いていたのに慌てて現場に向かった。


「お前の目、あの売女(ばいた)に似てきたな」


 飛び込んできたのは、男が酒瓶を振り上げ、雅がテーブルの前で座り込んでぼーっとそれを見上げる光景だった。


「雅!」


 甲高い声が出てしまうのにも構わず叫べば、邪魔が入ったせいで意識を向けた父親が「あ?」と振り向いた。その腕を蹴り上げれば「痛ってぇ!」と呻き声と共に酒瓶は手を離れ、床に落ちてガシャァンッと割れた。その耳を劈くような音のせいか、雅は弾けるように私を見た。


「幕張、」

「お前何やってんの!」

「なんだこのガ──」


 雅の父親だろうがなんだろうが構わず、そのビール腹を容赦なく蹴り飛ばした。ウェッ、と小さく呻いた雅の父親が蹈鞴を踏んだ隙に雅の腕を掴んで部屋を飛び出した。マンション裏で一番最初にやったことは、雅の胸座を掴んでコンクリートの塀に叩きつけ、責め立てることだった。


「なんでただ座ってんの? 瓶で殴られたら死ぬだろ!」

「……分かんないじゃん、死ぬかどうか。セーフだったかもよ」

「そんなこと言ってるんじゃないんだよ!」


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