第二幕、御三家の嘲笑
 ぐっと、唇が再び重なった。唇を割って舌が侵入してきた。ぞく、と背筋に悪寒が走る。


「……なんで鹿島とキスしてんの」


 その声が聞こえると同時に、体の拘束はなくなった。いつの間にか私は床に手と膝をついていて、呆然と、その声の主を見上げる。


「桐椰くん……、」


 桐椰くんは少し怒っていた。信頼していた友達に裏切られたかのような顔をしていた。


「なんで、俺に何も教えてくれねーの」

「だって……、桐椰くんに私のことなんか理解できるはずがない」

「なんでそんなこと言えるの」

「……桐椰くんは私とは違う」

「お前は、俺と違って、生きてる価値がないから?」


 びくん、と体の芯が震えた。桐椰くんの輪郭がぼやけていく。代わりに段々と明瞭になっていくのは、金髪の、少し幼い私だった。黒い目が私を見つめ返して、小さな口を開く。


「生きてていい理由って、なに?」


 ぎゅう、と喉が締まる。幕張匠の姿の私が、無表情のまま、ぼそぼそと紡いだ。


「亜季なんて、要らないんじゃないの?」





 パチ、と目を開けた瞬間に飛び込んできたのは真っ白い天井だった。何かに狼狽して起き上がると、べったりと寝間着が背中に張り付いていた。開け放った窓の外からは、ジー、とセミの声がしている。ついでに窓ガラスもカーテンも部屋の中まで命一杯暖める夏の日差しからも、ジリジリなんて音が聞えそうだった。


「……嫌な夢」


 暑さのせいじゃない汗が気持ち悪かった。確認した時刻は午前五時。家の人はみんなまだ寝ている。ベッドから降りてお風呂場へ向かった。洗面台でタオルを濡らして、汗でべたつく体を拭う。そんな誤魔化しのような処置をしていたのだけれど、髪まで湿った自分の様子を見て、どことなくみすぼらしさを感じれば気が変わる。


「……シャワー浴びようかな」


 思いの外魘(うな)されてしまったみたいだと、自分の精神の弱さに呆れながら寝間着を脱ぎ捨てた。



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