第二幕、御三家の嘲笑
 そして運転席から聞こえた声に唖然とする。そういえば運転席に誰が乗ってるかなんて気にしてなかったし、なんなら無意識に松隆家の運転手さんなんだろうくらいの気持ちだった。でも、毛先だけエメラルドグリーンの少し長い髪も、逞しいのに肌艶完璧な腕も、何よりバスでその言葉遣いとくれば、運転手は一人しかいない。


「え!? なんでよしりんさんがここに……」

「未成年だけで遊びに行かせるほど緩い親ばかりじゃないのよ」


 確かにそれはそうかもしれない。そもそも親に何を言われなくとも、月影くんなら未成年だけで遊びにいくべきではないと御三家の旅行を拒否するかもしれない。


「……それで、その、どうしてよしりんさんはこっちを見もしないんですか?」


 よしりんさんなら私が乗り込んだ直後に声くらいかけてくれてもいいのでは……。そうおそるおそる運転席を覗き込むように体を傾ければ「やぁねぇ」と相変わらず美しくい声がやはり振り向きもせずに告げた。


「聞いてるわよ、相変わらず化粧っ気も色気もないって。そんな貴女の顔を見たら怒りで手が震えて運転どころじゃないわ。事故死したくなかったら到着するまでアタシに顔を見せないで頂戴」

「……はい。すいませんでした」


 その声にはその台詞通りの怒りが籠っていた。お陰で大人しく口を閉じれば「じゃ行くわよー。酔ったヤツは言いなさいよ、ゲロったら殺すから」となんとも手厳しい言葉と共に車は発進した。ルームミラーを介して月影くんの顔を見れば目を閉じている。本当に乗り物が苦手なのかな。隣の松隆くんがふっと笑う。


「駿哉、諦めればいいのに」

「俺の勝手だ」


 諦める、とは? 内心首を傾げるものの松隆くんに訊き返す気にはならない。妙な間が空いてしまったせいか、月影くんが目を開けた。今度はルームミラーを介して目が合った。


「…………」

「何か言いたいことでもあるのか」

「いえ、何を諦めたくないのかなぁと」

「車で寝れないタイプなんだよ、駿哉は。遼と逆でね」

「他人の弱点を積極的に暴露していくリーダーの腹黒さは車上でも通常運転ですか? 車だけに」

「…………」


 嫌な沈黙が落ちた。折角勇気を出して平常心を装い口にした精一杯のギャグだというのに、最大の標的である松隆くんは笑顔を凍り付かせた。月影くんもいつもの無表情で口を開いた。


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