第二幕、御三家の嘲笑
 カコーンッ、と不穏な包丁の音が隣から響いた。慌てて月影くんの手元を見ると、ジャガイモが切れていただけなので安心する。ただ月影くんの表情が全ての感情を物語っていた。目を点にして開いた口がふさがらない状態だ。


「……冗談を言うのは遼の前だけにしておけ」

「こんな笑えない冗談言えるはずないじゃないですか……」

「……ちょっと落ち着け」


 いや動揺してるのは月影くんでは。月影くんは包丁から手を放し、その眼鏡のブリッジを指で押し上げた。眉間には深い皺までできている。


「あー……、君の言う告白とはどういう文脈で用いている? 内心の吐露ではあるわけだが……」

(こと)恋愛感情を吐露するときの用法で間違いないですよ」

「……総も頭がおかしくなったか……」

「それ私に失礼だと思いません?」

「俺は君を信用はしたが君の女性的魅力に関しては全く理解していない」

「照れるべきなのか落ち込むべきなのかよく分からないコメントは避けてください」


 月影くんは間抜けにもまな板に手をついて俯き、「何故総まで……有り得ない……何故俺の周りには悪趣味なヤツしかいないんだ……」ととんでもないことを口走っている。


「総の冗談だという可能性は」

「私もその可能性を信じたいんですけど、ないですね」

「……君は本当にとんでもない爆弾になってくれたな」

「私は何も悪くないと思うんですけど……」

「そうだな、悪いのはアイツら二人の趣味だ」

「だからそこまで言います?」


 月影くんは気を取り直して包丁を手に取るけれど、ジャガイモを押さえる左手が微かに震えていた。危ない。やめたほうがいい。


「それで……、総には何て返事をしたんだ。いやそもそも好きだと言われただけか?」

「……付き合えないとは言ったんですけど」


 あの日、抱きしめられながら告白なんてされて、動揺しなかったわけがない。言われたことの意味が分からずに暫くその腕の中で硬直していた。

『え……、』

 漸く発することのできた声も掠れていて、心臓の音より小さく聞こえた気がした。

『それは……、リーダー、どういう……』

『こういう時くらい、御三家のリーダーじゃなくて俺個人を見てくれてもいいんじゃないの』

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