第二幕、御三家の嘲笑
 だからそう付け加える。松隆くんの提案は、一般的にはよくあることかもしれない。好きな人を忘れられなくて、好きになれそうな別の人と付き合うこと。それが先に進む一番いい方法なのかもしれない。でもそれはきっと自分にとっての一番で、相手にとっての一番じゃない。そんなことを私が思うのは利己か偽善か分からないけれど、そう思われても構わないと思うくらいにはそんなことはしたくない。

『俺がいいって言っても?』

『……それは松隆くんが決めることじゃない』

『……そう。じゃあ上書きはさせてもらえないわけね』

 その言葉を聞いて当然に想起された光景のせいで、びくっと体が震えた。それが伝わってしまったらしく、松隆くんは少しだけ困ったように眉を寄せる。それでも、松隆くんはその腕に力を籠めただけで──なんならキスの代わりに宥めるようにまた頭ごと抱き寄せただけだった。

『じゃあ今回は家に送ってあげるよ』

 その台詞の中で重点を置かれたのはどこだったのか、考えるだけで数秒前の光景は立ち消えた。それを心底残念そうな声で言うものだから余計に考える余裕なんてなくなる。こんなときに、普段横暴なリーダーの優しさなんて──それどころか欲なんて、要らなかった。

『その代わり、容赦はしないからね』

 最後の最後に、松隆くんは耳元でそう囁いた。そこまで含めて全部松隆くんの思惑通りだったんだろう、家に帰っても、暫くは耳にかかる吐息の感覚が残っていた。挙句の果てにそんな状態で旅行に来いと言われれば〝容赦しない〟の意味を体感する羽目になった。あのリーダーは私が折れるまで追撃の手を緩めないだろう……。そう思って、恋を戦争に喩えたよしりんさんのセンスを少しだけ理解した。

 月影くんは「はぁ……」と珍しく溜息を声に出す。


「どうりで今朝の君の表情が硬かったわけだ……」

「え、分かったてたなら助けてくれても良かったじゃん? え?」

「妙に気を利かせて君の秘密を握ってると総が勘付くと困るからな。だから分かりやすく懐くのはやめろとも言ったんだ」


 ぐうの音も出ない。確かに私が浅はかではあったかもしれない。特に月影くんは御三家以外と話す姿を想像すらできないほど友達に心当たりがない。となれば私と仲良いと怪しまれるのも当然か……。


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