第二幕、御三家の嘲笑
 そのまま桐椰くんを直視することはできずに視線を彷徨わせてしまう。お陰でその表情は見えないままだったけれど、その足は冷蔵庫に向かっていた。ガタガタと、扉が開く音も聞こえるから、サラダの材料を取り出しているのだろう。今なら顔を上げても目が合うことはないかな……、なんて身勝手な魂胆で視線を向ければ──思惑通り、桐椰くんはその横顔しか見せなかった。安心して、言われた通りその場を逃げようとして──その目が一瞬だけ私を見た。


「もういいから」


 いい加減愛想が尽きたと言わんばかりに。その目と、声と、言葉とで、漸く自分の(おご)りを自覚する。私が桐椰くんに何も言わずに──昔の名前を名乗りすらしないことには、桐椰くんに嫌われたくないからなんて自分勝手で陳腐な理由しかなかった。桐椰くんに嫌われたくないと思っていた。そのくせ、私は心のどこかで安心していた。──桐椰くんに嫌われることはない、と。だからって桐椰くんを傷付けてやろうなんてもちろん思ってすらいなかったけれど、自分勝手に我儘に自分の都合だけで全部誤魔化しても、桐椰くんはそれを赦してくれるとばかり、心の奥底で思っていた。桐椰くんに何も言わないことで距離を縮めずにおこうなんて偉そうなことを言っておきながら、桐椰くんに全力で甘えていた。


「……お先にいただきます」


 本当に馬鹿だ、私は。

 結局原因は私の所業にしかないのだから落ち込むなんてどうかしてる。それでも、想定通りに豪勢な松隆家別荘の浴室に興味が湧かないくらいには意気消沈してしまった。それなのに頭はいつも通りの冷静さを持っていて、よしりんさんにお化粧されたからクレンジング必要だけどどうすればいいかなと首を捻り、浴室内に並んでいるシャンプー達の隣にあるボトルのラベルを読んで目当てのものを見つけて使う。理性と感情はいつだって乖離していて、それはとってもありがたいことであるはずなのに、殊自分に当てはめて考えるとドライだと評価してしまう。一通り髪も体も洗った後、手足を伸ばせるほど広い湯船に目の下まで浸かりながら、桐椰くんの表情を思い返す。月影くんより、松隆くんより、私と桐椰くんは距離が遠いことを……憂いた表情。あの表情を知っている。

『……俺には何も教えてくれないの?』

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