第二幕、御三家の嘲笑
「気が変わったかなと思って」

「……変わりません」


 はぁ、と松隆くんは溜息を吐いた。やれやれ、まだ暫くかかりそうだな、とでも聞こえて来そうな溜息だった。その代わり、それっきりその話題が口に出ることはなく、なんでもない話をしている内によしりんさんがお風呂から上がり、順々に桐椰くん、月影くん、松隆くんがお風呂に消えた。よしりんさんがお風呂を出てからは先程の比喩ではなく本当に私の隣によしりんさんが座り、「貴女ねぇ、手ももうちょっと綺麗にしなさいよ」という小言と共に小技を用いて夏の海っぽくマニキュアを塗ってくれた。桐椰くんはお風呂に入るまで部屋から出て来ず、お風呂に入るときも何も言わなかった。お風呂から上がった後は月影くんと一緒になってカレーを温めていて、やっぱり私とは何も話さなかった。

 結局、夕食の時間になるまで私と桐椰くんは一言も話さず。それなのに五人ともなれば会話が回らないことはなく、夕食を食べる時間になるとそれなりに見慣れたテレビ番組もあるということで、テレビを見ながらみんなで話していれば困ることはなかった。ただ困るほどではなかったというだけで、偶に飛び交う私と桐椰くんの会話は、まるで出会った初日のように余所余所しいものになっていた。松隆くんもよしりんさんも気が付かなかったわけがない。どうせ松隆くんには後々尋問されるんだ……考えるだけで胃が痛んだ。それまでにどうにかしなければ。


「はーい、じゃあ夕食も終わったところでちゅうもーく」


 夕食を食べ終えて数十分後、パンパン、とよしりんさんが手を叩いた。食器を軽く(すす)いで食洗器に入れていた私の背後で松隆くんが冷蔵庫を開けている。月影くんはよしりんさんの隣で迷惑そうに顔をしかめていた。


「丸一日何も言われなかっただけでお膳立ては十分だったのですが」

「はいアンタも可愛げない確定ね。黙って気付かないふりをしなさい」


 確かに御三家は毎年お祝いしているのだろうし、敢えて当日に何も言わずに過ごすなんて怪しさしかないのかもしれない。今回ばかりは月影くんは悪くない気はした。実際松隆くんは「ぐだぐだだよねぇ」と私に向かって口をパクパクさせている。その手には四号サイズのホールケーキが載っていた。松隆くんがリビングにケーキを持って行って蝋燭に火を点けた後、桐椰くんが明かりを消す。


「駿哉」


< 288 / 438 >

この作品をシェア

pagetop